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<title>行政事件訴訟の原告適格の再構成　その２（ドイツの保護規範説　法律上保護された利益の再検討）</title>
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第３ドイツの保護規範説について
１最高裁理論に影響を与えているといわれているのがドイツの保護規範説である。そこで、同説についての実務家の研究である八木良一、福井章代「ドイツにおける行政裁判制度の研究」法曹会（以下「八木等・研究」という。なお、同研究は、下記につき、Glaeser､Verwaltungsprozerecht､14.Auflage､Rn.150ff.Bosch/Schmidt､PraktischeEinfhrungindasverwaltungsgerichtlicheVerfahren､6.Auflage.S.118ff.Hufen､VerwaltungsprozeBrecht.2.Auflage.14.Rn.69ffを参照したものとされている。）１３０頁（平成１２年）以下により、概観しておくこととする。同説の内容は次のとおりとされている。
(1)主観訴訟としての取消訴訟、義務付け訴訟
取消訴訟及び義務付け訴訟は、法律に別段の定めがない限り、原告が行政行為又はその拒否若しくは放置により自己の権利を侵害されたと主張する場合にのみ許される（ドイツ行政裁判所法４２条２項）。
(2)被侵害利益の内容
原告適格を基礎づける被侵害権利は、主観的な公法上の権利に限られるものではないが、公法上保護された法的利益でなければならない。
手続規定は、それのみで独立して原告適格を基礎づけることはできず、原則として手続的権利の侵害が同時に実体法上の権利侵害を伴う場合にのみ原告適格が認められる（ごく例外的に、立法者が手続的権利のみの侵害のみを理由に原告適格を認めている例として、自然保護団体の参加権等がある。）
(3)被侵害利益の帰属（保護規範説）
ア原告の主張する権利が法律上保護されたものであるかどうかは、当該事案において問題となる法規が、単に公益の保護を目的とするものにとどまらず、少なくとも、公益と併せて原告の個人的権利としての保護をも目的として定められたものであるかどうかに係っている。専ら公益に寄与する目的で定められた規定が、その付随的効果として個人的利益に対しても事実上有利な影響を及ぼすこと（法的反射）は、法律上保護された権利に当たらない。
イ解釈方法
解釈の方法は、法規の文言、立法者の意思、規範の目的及び体系的位置の順に従って審査されるべきである（ただし、制定後長い年月が経過している法規では、価値観念の変遷も考慮しなければならず、立法者の意思に重要な意味を見出すこことができないことも多い。）。
最も重視されるのは、目的的及び体系的な考察方法であり、関連する法規の客観的目的や当該法規の規定構造の中において占める体系的位置づけから、該当する法規が原告の法的利益を保護すべきものであることが明らかになるかどうかが審査されなければならない。法規が「公の利益」等を判断基準として定めていても、それだけで保護規範性を否定すべきではない。個人の利益と公共の利益は、原則として、互いに相対立する関係に立つものではない。保護規範性が肯定されるためには、問題となる法規が、他の規定との法的な脈絡から、十分に個別化し得る当事者の範囲を限定していることが必要である。
(4)権利侵害の可能性
取消訴訟が適法であるためには、自己の権利が侵害されている旨の主張が必要である。原告が権利侵害についてどの程度の主張を要するかは、①有理性説と②可能性説とが対立する。①は、原告の主張が、取り消しを求める行政行為が違法であるならば、原告の権利を侵害するであろうという結論を導き出す事実を含むべきという説であり、②は、取り消しを求める行政行為によって自己の権利が侵害されていることがあり得るように思わせる事実を含めば足りるとの説である。②が判例・通説である。
２上記ドイツの保護規範説とわが国の最高裁判決とを対照すると、法制度に違いがあるにもかかわらず、その内容には、類似性、共通点が実に多くみられ（主婦連ジュース事件最判、新潟空港事件最判、もんじゅ原発事件最判等参照）、同説がわが国の最高裁判決にかなりの影響（その経緯は不明であるが）を与えている可能性を否定できないように思われる。
第４法律上保護された利益説の再検討（正当化根拠とその要件、機能）
１はじめに
(1)行政訴訟においては、行政処分の名宛人等は、（侵害的）行政処分の本来的効果として直接（実体的意味での）受忍義務が生じるため、当然に原告適格を有するとされている。
行政処分の名宛人等には、行政処分の本来的効果が直接及ぶのであり、処分の効果を排除するため、取消訴訟の原告適格を有することには異論がない。同訴訟においては、（他人に帰属する利益の侵害に関する違法を除き）同処分が違法であることを基礎づけるあらゆる主張・立証をすることが認められている。その意味で、上記訴訟は処分の効力そのものを排除する目的をもつため「処分の効力排除訴訟」と言い得る。
(2)問題は、処分の効力を受けない第３者が原告適格を有するかである。かかる第３者は、同処分の本来的効力を受ける者でもないので、何らかの利益侵害があれば、民事訴訟（例えば、人格権を根拠とする差止請求訴訟）によって救済を受けるのが本来の手続である。
しかし、民事訴訟では、行政処分の有効性自体を争うことは原則としてできない（抗告訴訟の排他的管轄）から、利益が侵害された場合のすべてが救済されるわけではないため、同処分が取り消されないことにより、第３者は、手続上、自己に生じた権利・利益の侵害又は侵害のおそれ（これらを「権利利益の被侵害状態」と呼ぶ）をいわば手続上受忍せざるを得ないことになる（中込秀樹・改訂行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究１１１頁。以下「中込実務的研究」という。）。かかる第３者のうち、少なくとも一定の者を被侵害状態を排除し、救済する必要があるのは当然であり、かかる訴訟を「権利利益の被侵害状態排除訴訟」と言い得る。
上記につき、いかなる範囲の者に同訴訟の原告適格を認めるべきかには争いがあり、法律上保護された利益説と法律上保護に値する利益説とが対立する。
Ａ法律上保護された利益説
行訴法９条１項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者を言い、「法律上保護された利益」とは、当該根拠法令が私人等の権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益をいうとする説。判例理論として確立された説であり、多数説でもある。
Ｂ法的保護に値する利益説
行訴法９条１項の「法律上の利益を有する者」とは、法律によって保護された者に限定されず、保護ないし法的救済に値するような実質的な不利益を受け又は受けるおそれのある者をいうとする説（原田尚彦行政法要論全訂第６版３８８頁。以下「原田要論」という。）。有力説である。
Ｂ説は、行政訴訟の目的を行政処分の適法性をめぐる紛争の解決を通じ国民の利益を救済することにあるという訴訟観に基づき、原告が受けた（受ける）実生活上の不利益ないしリスクに着目し、根拠法規によって保護されていない利益でも裁判上の保護に値するかどうかによって原告適格を判断する説とされている（前掲原田要論３８９、３９０頁）。
これに対し、Ａ説が法律上保護された利益を有する者にのみ原告適格を認めるのは何故であろうか。そもそも①権利利益が法律上保護されるとはどのような意味であろうか。そして、②法律上保護された利益であることは何故に「原告適格」を肯定することの正当化根拠となるのか、そして、正当化根拠となるとした場合、③原告適格を肯定する場合の要件（構成要素）とは何であろうか。
(3)これらを検討するに当たり、原告適格を判断する上では、まず、原告がその点についての主張をし、これに対する応答する形で裁判所が判断を下す手続構造となっているので、以下、原告の主張の手続的意義について簡単に触れたうえ、上記①ないし③を順に検討する。
２被侵害権利・利益についての原告の主張
原告適格は、当事者に取消訴訟制度を利用することを許容するための要件であり、公益的意義を有するから、裁判所はその存否については職権で調査すべき義務がある。しかし、その判断の基礎となる資料については、弁論主義の適用がある。よって、（その法的構成は別として）当該処分によりいかなる権利・利益が侵害されたかなどの原告適格を基礎づける事実については、原告の主張・立証があってはじめて裁判所はそれを前提に原告適格があるか否かを判断することになる（前掲中込実務的研究１１２頁）。
侵害されたものは、権利のみならず利益であってよい。もっともこれらは、特段の定めがない限り、手続的権利・利益ではなく、実体的権利・利益である必要がある。
３法律上保護された利益説の意味、正当化根拠、要件と機能
(1)法律上保護された利益説の意味
ア法律上保護された利益説がいう、原告の利益が法律上保護されているというのは、どのような意味であろうか。
イこれを端的に述べているのが主婦連ジュース事件最判、伊達火力発電所事件最判であり、法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的（個別的）利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいうとしている。
この点につき、塩野教授は、最高裁理論及び行訴法９条２項の考慮事項は、根拠法令等がその処分要件として第３者の個別的利益への考慮が当該処分の要件となっているかどうかに着目するという意味での「処分要件説」であるとされている（塩野宏行政法Ⅱ第４版１２４頁）。また、宇賀教授も、原告の主張する利益の考慮が処分要件になっているかを問題とするので「処分要件説」と呼ばれるとされている（宇賀克也行政法概論Ⅱ１６５頁）。
藤田教授が、行政庁が第３者を被害を受ける危険のある状態におかない義務としての「リスク回避義務」と述べておられるのは（藤田宙靖「許可処分と第３者の「法律上保護された利益」」行政法の基礎理論上巻２６５頁）、上記「考慮」の中味をより具体的に述べられたものであろう。
ウここで問題となる行政庁の義務は、処分の根拠法規などにより課されている法的義務であり、処分に際し、第３者の「権利利益」について侵害ないしそのおそれのあるか否かを考慮し、それについての事実認定、法規の解釈、法的評価などの判断を誤らないようにする義務である。これを「考慮義務」ないし「リスク回避義務」と呼ぶことはもとより可能であろうし、どう呼んでもその中身に大きな差が生じるとは思えないが、本稿では、「処分」に際しての義務であること、根拠法令、趣旨・目的、関連法規などに基づく「法的義務」であることに加え、詳しく調べて、価値・優劣・適否などを決めるという言葉の意味合いを重視し、第３者の権利利益についての「審査義務」と呼ぶ（以下特にことわりのない限り、この意味で単に「審査義務」と呼ぶことにする。）ことにしたい。処分時の法的義務に対するネイミングとしてはこの方が相応しいと考えるからである。
エ法律上保護されているか否かを判断するには、処分の根拠法規等が審査義務を課しているか否かが問題となり、逆にいえば、このような審査義務があるとすると同利益は法律上保護された利益となる。
そして、行政庁が上記審査義務に違反すれば、根拠法令等が行政権の行使に課した制約に違反したことになり、同処分は「違法」となる。
このことは、例えば、新潟空港事件最判が「運輸大臣（当時）が航空運送事業免許の審査に当たって、申請事業計画を騒音障害の有無および程度の点からも評価すべき（その判断を誤った場合は裁量の逸脱となり得る）」と述べていること、もんじゅ原発事件最判が「原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであることが認められる場合でない限り、原子炉設置許可処分をしてはならない」と述べていることからも十分理解できよう。
オ原告が求める権利利益の被侵害状態の排除は、行政庁の審査義務違反により処分が違法となり同処分が取り消されることなどによって実現されるのであり、これが権利利益が法律上保護されているという意味なのである。
(2)法律上保護された利益説の原告適格の正当化根拠
アそれでは、かかる意味での法律上保護された利益であることが何故に原告適格を認め得ることを正当化する根拠になるのであろうか。
その根拠は、当事者適格とは何かに求められるべきである。当事者適格とは、特定の請求について当事者として訴訟を追行し、本案判決を求める資格をいう（伊藤眞民事訴訟法第３版補訂版１５３頁以下、新民事訴訟法講義（補訂）（福永有利）１３０頁以下等。以下「講義」という。）。すなわち、当事者適格とは、当事者となった者のうち、その者に対し本案判決をするのが紛争の解決にとって必要かつ有効適切である者を選別するための基準である。当事者適格は、その者に本案判決をすることが無意味である者を排除する機能を有している
イもとより、原告が上記義務違反の主張・立証に成功するか否かは本案の問題であり、原告適格が問題となる局面でその成否を問うべきではない。
原告適格が問題となる局面では、同訴訟の訴訟物である処分の違法性について本案訴訟を追行するに相応しい者、換言すれば、原告のうち、その者の主張する利益の侵害が「処分を違法ならしめる可能性」のある者であれば、本案訴訟の追行資格を肯定すべきである。逆に、その可能性がない者については、原告適格を否定し、訴訟から排除すべきである。
そして、①根拠法令等が処分に際して（原告の主張する）個別的利益への審査義務を課していることが認められ、かつ、②原告がその義務違反を違法として主張しているのであれば、（実際にその義務違反の主張立証が成功するか否かはともかく）原告は本案において「処分を違法ならしめる可能性」を有する者とみることができる。
ウしたがって、法律上保護された利益であること（換言すれば、当該処分に際して原告の主張する利益についての審査義務が認められること等）は、原告適格を認めることの正当性を根拠づけ得る、といえるのである（ただし、最終的に原告適格が認められるための「要件」は、これだけでは不十分であり、次項で論じる。）。
(3)法律上保護された利益説における原告適格の要件と機能
アはじめに
法律上保護された利益説における原告適格の要件は、原告による違法主張の存在の他、法的保護要件（原告の主張する利益が法律上保護されており、かつ、個別的利益として原告に帰属すること）と利益侵害要件（利益侵害の可能性があること）とがある。これらは、その目的、機能を異にしているので、以下、前述したドイツの保護規範説を参考としつつ、わが国の最高裁判決の説示等を検討しながら分説する。
イ「法律上保護」されているか否か
(ア)この問題は、原告の主張する利益が法律上保護された利益か否か、換言すれば、根拠法令等がその処分要件として第３者の個別的利益への審査義務を課しているか否かという問題である。
(イ)かかる審査義務が認められるか否かは、基本的には処分の根拠法規の文言解釈によって判断されるべきである。しかし、同法規の文言からは直ちに審査義務が認められない場合でも、立法者の意思、同法規の趣旨・目的、さらには新潟空港事件最判が説くように、当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される法体系の位置づけにおいて、処分に際し審査義務が課されているか否かを審査すべきである（なお、前掲八木等研究１３４頁以下参照）。
当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられている場合には、行政権の行使に制約をもたらすものであり、審査義務の存在を認めてよいといえる。
(ウ)この構成要素は、原告のうち、その主張する権利・利益について、行政庁の処分に際し審査義務が課されておらず、その結果、本案訴訟の追行資格を認めても処分の違法を主張・立証に成功する可能性のない者を排除する機能を有する。
ウ個別的利益として原告へ帰属するか否か
(ア)原告適格を肯定するには、上記法律上保護された「個別的利益」が「原告に帰属」することが必要である。
(イ)現在の民事訴訟法においては、当該請求に対する勝訴の本案判決によって保護されるべき実体的利益の帰属主体であると主張する者が原告適格を有するとされている（注釈民訴（１）４０７頁、前掲講義１３１頁）。これは主として民事訴訟を念頭に形成された見解であるが、訴訟制度が自己の権利・利益について救済を求めるものであることは抗告訴訟においても異ならないから、同訴訟においても、自己に帰属しない利益の侵害があったと主張する者に本案判決の追行資格を認めるべきではない。
(ウ)原告の主張する利益が同人に帰属しない場合は、次の２つに分かれる。
1)ひとつは、同利益が専ら純粋な公益であり、個別的利益としての性質を有しない場合である。かかる公益は、不特定多数人に帰属するものであり、個々人に帰属するものではない。
そこで､原告は､上記公益に関連する利益について法律上保護された私的利益又は公的利益として主張することが多い。問題は同利益が法律上の保護の及ばない反射的利益か､同保護の及ぶ個別的利益かである。
2)これを主婦連ジュース事件最判でみると、不当景品類及び不当表示防止法一条、三条、四条、六条等の関係規定は、「不公正な取引方法の一類型である、不当顧客誘引行為のうち不当な景品及び表示を、公正委員会が適切かつ迅速に規制することによって受ける一般消費者の公益を守る」という、専ら公益に寄与する目的で定められた規定であり、その付随的効果として個人的利益（例えば、商品を正しく特定させる権利、よりよい取引条件で果汁を購入する利益、果汁の内容について容易に理解することができる利益等）に対し事実上有利な影響を及ぼしたとしても、かかる利益は、「反射的利益」にすぎず、法律上保護された利益には当たらない､とされた。
上記において、根拠法令等が公正取引委員会の処分に際し、一定の要件を定め、一般消費者の公益（不当な景品、表示の排除）について審査義務を課しているが、それは専ら公益についての義務であり、原告の主張する上記個人的利益についてまで審査義務を課しているわけではない。
原告の主張する公益につき、行政庁の権限行使が規制され、同利益の審査義務が課されていても、それが専ら公益を保護する趣旨である場合は、（処分の名宛人等は別として）処分の効力の及ばない第３者としては、その公益そのものについて、「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する訴訟」である民衆訴訟を提起するより他ないのである（行訴法５条）。同訴訟は「法律に定める場合に法律で定める者に限り」許されるべきものである（同法４２条）。よって、主観訴訟である抗告訴訟や実質的当事者訴訟の提起はできない。
3)これに対し、上記公益と関連して原告が主張する利益が､「法律上保護された個別的利益」である場合（例えば、本件で教育施設、医療施設の開設者について、善良な風俗・生活環境上の利益が法律上保護された利益であることを肯定する場合など）もあり得る。反射的利益との区別をどのようにしてすべきであろうか。
この点につき、ドイツの保護規範説では、「保護規範性が肯定されるためには、問題となる法規が、他の規定との法的な脈絡から、十分に個別化し得る当事者の範囲を限定していることが必要である。当事者の範囲を限定し得るかどうかは、個別的法規の構成要件から、限定された人的範囲を抽出できるかどうかにかかっているものと考えられる」としている（前掲八木等研究１３５頁）。
確かに、法規の構成要件（例えば、許可に際し､一定の距離制限規定が存在したり､特定の人的範囲の者の利益を保護する趣旨が読み取れること）等から限定された人的範囲を抽出・限定できる場合には、同利益が不特定多数に帰属するものではなく、特定の範囲の具体的な者に帰属するものと解する有力な手がかりが存しており、公的利益と切り離された（かつ法律上保護された）個別的利益に当たるとみることが可能な場合があろう。
しかし、一般には、上記反射的利益か（法律上保護された）個別的利益かの判断は、微妙な判断であることが多い。公益から特定の利益を個別的利益として切り離すことができるか否かの判断自体が微妙であることがあろうし、仮に切り離された個別的利益であると判断し得たとしても、反射的利益と区別するためにはそれだけでは十分ではない。実際には、同利益の内容､性質（公的利益か､健康・身体的利益か､財産的利益か､又は精神的利益かなど）を十分に考慮したうえ､前記イの項目での判断に戻り、切り離された利益に法律上の保護が及んでいるかどうかを再検討せざるを得ない場合が少なくないのである。
4)今ひとつ、原告が主張する利益が原告に帰属しない場合がある。それは、個別的利益（例えば、特定の騒音被害を受けない利益）としての性質は有するが、それが原告に帰属せず、原告以外の他人に帰属する場合である。前述したように、自己の権利・利益についての救済を求めるものであることは訴訟制度の基本であって、他人の利益の救済を求める者は、訴訟での紛争解決にとって必要かつ適切な者とはいえないから原告適格を有しない。
(エ)この構成要素は、個別的利益が原告に帰属するか否かの問題であり、自己に帰属しない権利・利益の侵害を主張して提訴する者を排除する機能を有する。
同要素は、「法律上保護」されているか否かの要素とは概念及び機能を異にする。だが、実際には、反射的利益か否かの判断でみたように、原告の主張する被侵害利益が法律上保護されていない反射的利益なのか、それとも公益から切り離された個別的利益とはいえないものなのかの区別は微妙であり、両要素を相互に独立した要件としてとらえるのは無理がある。両要素は、「法律上保護された個別的利益の原告への帰属」という１つの要件の構成要素とみるのが妥当であろう。
エ利益侵害の可能性（利益侵害要件、人的範囲の画定）
原告の主張する利益が、「法律上保護」された「個別的利益」として原告に「帰属」したとしても、それのみで原告適格の人的範囲を画定することはできるとは限らない。
すなわち、原告の主張する被侵害利益が「法律上保護」されており、かつ、「個別的利益として原告に帰属」するとしても、「利益侵害の可能性」が客観的にない者にまで本案訴訟の追行資格を認めるべきではない。
そこで、もんじゅ原発事件最判が説くように、原告が主張する利益の内容、性質、それが侵害された場合の態様、程度を考慮し、原告適格を認め得る人的範囲を具体的に画定する必要がある。例えば、原子力発電所の被害のように施設の相当遠方にまで利益侵害が生じる可能性が存する場合には、相当広範囲の者に原告適格を認めてよいが（同最判は、原子炉から約２９ないし約５８キロの範囲内に居住する原告適格らについて原告適格を認めている。）、騒音、振動被害のように施設の近距離にしか利益侵害の可能性がない場合には、それに相応しい人的範囲に限定する必要がある。この判断は、「法律上保護」されているか否かとは異なり、規範的評価を含まない事実認定に他ならず、本案前のものであるから、審理内容が重すぎるものとならないよう、社会通念、経験則が重視されるべきである。この要件は、主張する利益侵害の可能性のない者を排除する機能を有する。
(4)ここまでのまとめ

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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241213131952/</link>
<pubDate>Fri, 13 Dec 2024 13:22:00 +0900</pubDate>
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<title>行政事件訴訟の原告適格の再構成　その１（問題の所在、最高裁理論）</title>
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第１問題の所在
１開発等により，生活環境が破壊される危険がある事案について行政訴訟を起こそうとする場合，原告適格の有無が重要な問題となることが多い。
２そこで以下、行政事件訴訟法改正前における原告適格に関する最高裁判決の流れを整理し、そのもととなったドイツの保護規範説に簡単に触れた上、筆者なりに，法律上保護された利益説における法律上保護されたとはいかなる意味か、それが原告適格を肯定する正当化根拠となるのはなぜか、原告適格を認め得る要件（構成要素）等を論じたうえ、行訴法改正の趣旨及び同法改正後の最高裁判決を検討したうえ，それが，環境行政訴訟における原告適格に与える影響につき若干の検討を加えることとしたい。
第２行政事件訴訟法改正前における原告適格に関する最高裁理論
１最高裁判決の流れ
(1)原告適格に関する最高裁判決理論の生成と発展
ア最高裁において、原告適格を認め得る法律上の利益とは何かについて、法律上保護された利益であることを最初に示したのはいわゆる「主婦連ジュース事件最判」（最判昭和５３年３月１４日・民集３２巻２号２１１頁）である。同判決は、「法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることなる反射的利益とは区別されるべき」であるとした。
その後、「長沼ナイキ事件最判」（最一小判昭５７年９月９日・民集３６巻９号１６７９頁）は、保安林指定解除処分につき洪水緩和、渇水予防上直接の影響を被る一定範囲の地域に居住する住民の原告適格を肯定したものであるが、公益についても、法が「専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべき（中略）趣旨を含むものと解されるとき」は原告適格を認めてよいとした。
また、「伊達火力発電所事件最判」（最三小判昭和６０年１２月１７日・裁判集民事１４６号３２３頁、判時１１７９号５６頁）は、公有水面埋立免許等につき周辺の水面において漁業を営む権利を有する者の原告適格を否定したが、一般論としては、法律上保護された利益としての行政法規による行政権の行使の制約について、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものであるという注目すべき判断を示していた。
(2)新潟空港事件最判及びもんじゅ原発事件最判
アこのような最高裁判決が重ねられる中、原告適格について重要な判断を示し、改正行訴法９条２項が新設されるヒントとなったのが、「新潟空港事件最判」と「もんじゅ原発事件最判」である。
イまず、「新潟空港事件最判」（最二小判平成元年２月１７日・民集４３巻２号５６頁）は、その一般理論として、従来の最高裁理論を踏襲して、行訴法９条の「法律上の利益を有する者」とは、「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」をいうのであるが、ここにいう「法律上保護された利益」とは、「当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個人的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益にあたる」と述べている。だが、同判決の最大の特徴は、運輸大臣の定期航空運送事業免許取消訴訟に関し、法律上保護された利益に当たるかの判断は、「当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される体系」の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の「個別的利益」をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるものかどうかによって決すべきとし、航空法１条と関連法規である公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律３条の法令構造の体系分析により、空港周辺に居住する住民の原告適格を肯定した点にある。
ウ次に、「もんじゅ原発事件最判」（最三小判平成４年９月２２日民集４６巻６号５７１頁）は、新潟空港最判と同様の一般理論を述べているが、その最大の特徴は、内閣総理大臣の原子炉設置許可処分無効確認等請求事件について、当該処分を定めた行政法規である核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律（原子炉規制法）２４条等が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むかは、当該法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている「利益の内容、性質」を考慮して判断すべきであり、事故が起こったとき「災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲」は、原子炉施設に近い住民程被害を受ける蓋然性が高いこと、同原子炉の種類、構造、規模等、原子炉の位置と距離、同原子炉が電気出力２８万ＫＷの高速増殖炉であること、毒性の強いプルトニウムの増殖が行われることから、原子炉付近約２８ないし約５８キロメートルの範囲内の住民には原告適格があるとした点にある。
２最高裁理論の整理
(1)これまで述べた最高裁理論を整理すると、その骨子は、概ね以下のとおりである。
ア行訴法９条１項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により「自己の権利」若しくは「法律上保護された利益」を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。この法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的（個別的）利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいう（主婦連ジュース事件最判、伊達火力発電所事件最判等）。
法律上の保護を目的とする行政法規による行政権の行使の制約は、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含む（伊達火力発電所事件最判）。当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるものかどうかによって決すべきである（新潟空港事件最判）。
イ保護の目的となる個別的利益は、私的利益であることが多いが、仮に公益であってもそのことだけで法律上保護された利益に当たらないとはいえず、場合分けが必要である。。
まず、専ら公益に寄与する目的で定められた規定が、その付随的効果として個人的利益に対しても事実上有利な影響を及ぼしたにすぎないとき、かかる利益は法律上保護された利益には当たらず、反射的利益にすぎない（主婦連ジュース事件最判）。
他方、当該法令が、当該利益を専ら一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべき趣旨を含むものと解されるときは、法律上保護された利益とみてよい（長沼ナイキ事件最判、新潟空港事件最判、もんじゅ原発事件最判等）。
ウ個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むかは、当該法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容、性質を考慮して判断すべきであり、利益侵害により直接的被害を受けるものと想定される範囲であるか否かについては、当該施設の種類、構造、規模等を考慮に入れた上で、当該原告適格の居住する地域と施設の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきものである（もんじゅ原発事件最判等）。

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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241211184819/</link>
<pubDate>Wed, 11 Dec 2024 18:51:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第７章　弁護士の世界</title>
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<![CDATA[
１東京時代
私は，法科大学院、大学の教授をしながら，南青山の法律会計事務所に籍をおき，弁護士として活動していた。同大学では，土日の他に週一日，研究日として授業や会議がない日がある。その日を弁護士活動に当てていた。いわば「週一弁護士」である。
私が入所した当時，弁護士は，合格して数年の若手であった。私が入ったのは，若手だけの事務所ではクライアントからの信頼が得られにくい場合があろう。そんな時に私が役に立てるのではないかと思ったのである。
この事務所で粉飾決算をめぐる大きな事件をやるかどうかが問題となった。半導体製造装置に関する原告数１２９名の大事件である。当時，事務所内では，若手弁護士の小さな事務所でこのような大きな事件を担当するのは無理があるという強い意見があったが，代表弁護士は，「いや大沼先生がいるから大丈夫でしょう」，と言う。私は，これまで，訟務検事時代も裁判官時代も，難しい事件から逃げたことはなかった。経験していない事件でも，担当となったら全力でやらざるを得ず，それでやれなかったということはなかった。そこで，私も，「大丈夫。やれますよ」と答えた。
代表弁護士は，同様のプロデュース社に関する粉飾決算，原告数２２７名の事件も見つけてきた。私は，ほぼ同時期にこの二つの事件を主任弁護士として担当することになったのである。
だが，間もなく，これまでとは状況が違うことに気付いた。訟務検事は担当行政庁に指示して資料，証拠等を集めてくれば良い。裁判所の時も，当事者に求釈明したり，証拠の不足や不備を指摘して，主張・立証させれば良い。ところが，新しく粉飾決算事件を提訴する弁護士には，上記のような行政庁，当事者がいない。すべて自分の手で資料，証拠を収集する必要がある。だが，自分の手元には何もないのだ。
考え得る資料，証拠は刑事記録のみである。しかし，刑事記録は確定後でなければ閲覧・謄写できないのが原則である。当時，粉飾に関与した取締役らの刑事事件が係属中であり，その確定までには数年かかるかもしれない。提訴を予定している民事裁判はそれまで待てない。提訴はしたものの証拠を出せないのでは，大変なことになる。
その時閃いたのが犯罪被害者保護法であった。犯罪被害者であれば確定前でも閲覧・謄写が可能である。そこで，刑事裁判が係属していたさいたま地裁に株主は犯罪被害者だとして記録の閲覧・謄写を申請した。ところが，申請はあっさりと却下された。株主は犯罪被害者ではないというのである。しかも，これに対する不服申立の方法はないというのだ。
株主が金融商品取引法にいう粉飾決算の被害者に当たるかどうかは難しい問題である。条文上当たるという解釈も可能であろう。しかし，犯罪被害者保護法の立法過程をみると，粉飾決算の被害者のような人は想定されていなかったようにも考えられる。しかし，私としては，何が何でも謄写を認めてもらえないと困る。
その後，秋になり，類似の粉飾決算事件の民事記録を横浜地裁で閲覧していた際，さいたま地裁の同じ部がある弁護士に対し，株主が犯罪被害者であることを前提として刑事記録の謄写を認めたことを発見した。その弁護士の事件で謄写を認めながら，私の事件の閲覧申請を却下するのはあまりに不平等である。それを主な理由として再度謄写申請をしたら，裁判部が面会してくれることになった。そこで，不平等さを力説したところ，あっさりと謄写を認めてくれた。
某社，プロデュースとも，刑事事件の記録をセレクトして証拠として出すと，記録が２０～４０冊になった。これをもとに準備書面を書くのであるが，「週一弁護士」としては時間に限りがあるうえ，個人の事務机の上に記録をおける分量ではない。そこで，夜，打合せ室を使わなくなってから同室の大きめのテーブルにあちこちの記録を広げ，仕事をする。完成した時に時計を見ると朝の七時過ぎである。できあがった準備書面案のファイルを他の弁護士にメールで送り，大学に行く。大型事件を二つこなしていくには，こういう徹夜作業が２か月に１，２度の割合で必要であった。
だが，正直，徹夜明けの講義では弊害が出ることがしばしばあった。何を講義するかは頭の中に入っている。レジュメをプロジェクターに映し出しながら，講義を進めていく。しかし，睡魔には勝てず，知らず知らずにうちに何回も同じことを繰り返していた。できの悪い学生でも，そういうことは見逃さないものだ。
某社の事件は，順調に期日が進み，和解期日になった。私は，勝訴を確信していたが，裁判所は原告が勝つとは限らないと圧力をかけてくる。しかし，原告は強気，被告は弱気であり，和解室にその雰囲気が広がる。結局，約２億１０００万円を請求した事件で２億円ジャストで和解が成立した。この種の事件としては異例の高額の和解であり，大成功である。
プロデュースは，予想よりも長くかかり，ようやくある年の３月に結審した。勝訴を期待する。しかし，一向に判決がないまま同年一二月になり，裁判長が交替した。
翌年一月，一旦弁論が再開される。新裁判長は原告・被告双方に「他の主張・立証なし」ことを確認すると再度弁論を終結し，和解を勧告した。新しい裁判体の心証を知る必要もあったので，和解の席につくことにする。同年二月，裁判長は，「当裁判所は取得自体損害説は採らない。公表後下落額損害説をとる。しかし，粉飾公表日前日の株価の主張・立証がないため，このままだと原告の請求は棄却となります。」と宣う。青天の霹靂であった。
取得自体損害説は西武鉄道事件に関する最高裁判決のとる判例であり，これまでその説を前提として主張立証をしてきた。公表後下落額損害説を採るというのは判例違反の疑いがあるし，何より初耳である。新しい裁判長が弁論再開をした際，それのことを秘し，何ら求釈明をせず結審し，和解の席で，公表後下落損害説を採ることを明らかにするというのは釈明義務違反であり，不意打ちではないか。
まあしかし，新しい裁判体がそのような見解をとる以上，予備的にせよそれを前提とする主張・立証をする必要がある。泣く子と裁判所には勝てない。そこで，私は，公表後下落説にそった主張・立証をしたいので，弁論を再開して欲しいと要求した。ところが新裁判長は，冷徹な声で弁論再開は認めないと言う。
この時私は，弁論が再開される前に起きたあるエピソードを思い出した。私が大学で講義の準備をしていた時，事務所の事務員小百合さんから電話があった。書記官が「今日は裁判所との打合せがある予定ですが，大沼弁護士はどうされましたか。」という電話である。私は打合せがあるとは全く聞いていなかったので，書記官に確認して欲しいと伝えた。その後，小百合さんが書記官に確認したところ，裁判官は，原告は呼んでおらず，被告とのみ打合せをするとのことであった。
考えてみると，弁論再開の直前，被告代理人とのみ秘密裏に打ち合わせをし，その内容を原告には伝えず記録にも残さないというのは，民訴法１４９条４項民訴規則６３条２項の規定違反である。
このことや最高裁判例との関係で裁判所を痛烈に批判する上申書を提出し，次の期日に行くと，裁判長は大きめのマスクをし，一メートル以上テーブルから離れて座っている。上申書が効いているようだ。
しかし，弁論再開は相変わらず認めず，低い声で和解案として請求額の四割を提示した。この和解をのまなければ請求は棄却となるそうだ。
原告側代理人の立場としては原告全員に書面を出し，この和解案を受諾するか否かの意向を打診した。裁判所の権威は強い。約半数１２４名が受諾の意向を示す。しかし，私としては納得できない。私は，受諾すると回答した原告一人一人に電話し，丹念な説得をした。結局，和解案を受諾する者は１５名となった。
地裁の判決は予想どおり全敗であった。しかも，その理由は「原告らは，公表前日の株価について主張立証をしない」というものである。これは明らかな嘘である。私は，主張立証のため弁論再開を要請したのだが，裁判所がそれを認めなかったのだ。
憤慨したが，高裁の裁判長は私の同期であった。同期の中でも飛びきり優秀な彼は，地裁の判決をひっくり返し，原告側を全面勝訴させてくれた。総額五億一千七百万円余が認容され，年五％，六年半の遅延損害金が加算された。八億を超える勝訴判決であり，事務所には弁護士報酬として約二億円が入った。
私もかなり潤ったので，ミシュラン星付きのレストランで私主催の食事会をあれこれ開き，事務所の人達や友人，知人と喜びを分かち合った。
私の訟務時代の元部下が不祥事を起こし、訟務検事を辞めさせられていた。能力的には優秀な人物だったが、仕事のあまりのストレスと家庭内のトラブルのため適応障害となったための不祥事であった。弁護士会は、不祥事をおこしって裁判官や検事を辞めた者をなかなか入会させたがらない。弁護士会としてのメンツがあるらしい。
私は、不祥事の原因とその治療、問題解決などの状況をまとめさせると共に、南青山の事務所の代表弁護士に頼み込み、東京の弁護士会への入会のために力を尽くしてもらった。それが功を奏し、不祥事から５年目で何とか入会がかなった。これで心置きなく東京を去ることができると感じた。
２仙台
振り返ると単身生活も１３年となり（東京家裁時代を含めると１６年），その間妻に寂しい思いをさせてきた。そろそろ妻の居る仙台に戻り、少しでも妻を安心させるべき時期が来ているように感じた。私は，令和３年５月、南青山の事務所を離れ，仙台に帰って仙台地裁から歩いて５分のところに事務所を開くことにした。新しい出会い，経験があるかもしれない。
貝ヶ森の自宅もリフォームし、住み心地が格段に良くなった。それに伴い、夫婦仲も良好になった。
今東京でしている仕事を継続しているものもある。法務省政策評価懇談会の委員も令和６年３月までは続けるつもりである。通算１０年である。
現在主任をしているベネッセの個人情報漏えいをめぐる原告数１万２０００人ほどの事件などは重要な事件引き続き担当中である。この事件は金額は少ないながら、何とか勝訴で終わった。
また，国や９社の企業を相手にする建設アスベスト訴訟も新たに東京地裁に提起した。こちらは私が単独で弁護する事件である。被告１人に弁護士が数名つくとして，原告の弁護士は私１人である。この事件も１年半後、和解が成立した。
自己破産、離婚、相続、刑事事件、企業間トラブルなど次第に仙台での受任事件も増加していった。
そんな矢先、令和４年１２月、私は突然倒れた。一番町という仙台の繁華街で座り込み、立ち上げることができなくなったのである。救急車で厚生病院の集中治療室に運ばれたが、心臓は２０～３０と徐脈であり、心不全であった。その最大の原因は腎臓にあった。腎臓が和悪いことは承知していたのであるが、週３日、人工透析に通うと仕事ができなくなるのが嫌で、専門病院での治療を拒否していたのである。そのつけが回ったのだ。
幸い腎臓の専門病院であるJCHO仙台病院で腹膜透析を薦めてもらった。これは毎日、夜間の８時間、自宅で腹膜透析をするという方法である。透析患者の３％未満が行っているらしい。夜間は毎日潰れるが、日中、仕事ができるのは素晴らしい。
もうしばらくは生きなさい、という神の啓示を感じた。
私はこれまで様々な人たちのお世話になり、助けてもらった。曲がりなりにも、法曹世界のほぼ全てを経験させてもらい、自分なりに充実感と生きがいをもった人生を送らせてもらった。これからは、困っている人、不幸になりそうな人々を笑顔にするため、社会に貢献し、恩返しをするために生きていきたい。
まだ仕事ができるということは幸せなことである。それは多くの人々・社会のおかげであり、感謝すべきである。
新しく出会った人たちの助けを借りながら、私の法曹世界の珍道中は，もうしばらく続きそうである。

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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129191630/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 19:21:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第６章　大学教授の世界</title>
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<![CDATA[
１法科大学院
Ｓ法科大学院の教授陣はそうそうたる面々であった。裁判官出身の中は，あの厳しく指導をいただいた仙台高裁の部長もおられたし，東京高裁の部総括出身の教授も複数おられた。切れ者の教授もおられた。
検察官出身の人はもっと凄い。東京地検の元検事正，名古屋高検の元検事長だった教授，元検事総長だった教授等である。
私は，キャリアからみて場違いの場所にいる雰囲気がした。
私の担当は行政法である。訟務検事時代の経験からそうなった。しかし，行政法を教えるころがいかに大変かが身にしみた。行政事件訴訟法という手続法の分野はまだいい。特定の法律の解釈論を教えればよいからだ。問題は，それ以外の行政法である。そもそも行政法などという法律はない。行政に関する法の総称が行政法なのだ。法全体の七割が行政法だとも言われている。行政法の大家である藤田宙靖先生は，他の法律が惑星だとすれば，行政法は銀河だと仰る。そこでは特定の法の条文解釈などをしても意味がない。いわば行政法全体という宇宙の法則を論じることになる。異常に範囲が広いのだ。
しかも，環境法の先生が辞めたことから，環境法も教えることになった。この環境法も，環境に関する法の総称をいうため，範囲は異様に広い。
要するに，行政法と環境法という二つの銀河についての講義をすることになったのである。
法科大学院における学生の質は実に多様であった。極めて優秀な学生もいた。東大時代はバンドに熱中していて勉強はあまりしなかったので上位校には入れず，大学に入った学生だが，とにかく頭が切れるし，洞察力がある。あまりの優秀さに舌を巻く。これに対して，同様に東大を出ているが，もの分かりが悪く，知識があるのに，論理的な文章が書けない者もいた。さらに下になるとそのレベルは際限なく下がる。
優秀な学生を司法試験に合格させるのはたやすい。しかし，優秀ではない学生を合格させることは困難がつきまとう。異常に広い行政法や環境法を理解させ，合格まで導くことは容易ではない。悪戦苦闘の連続であった。
ところが，教授になってから３年目に，理事長が法科大学院にやって来て，教授陣を集め，深刻な顔つきでこう語った。「２０１２年度から新入生の募集を停止したい。」
司法試験合格者を増やしすぎ，合格しても法律事務所に入れない人が大勢現れていた。そんな中でＳ大学法科大学院の司法試験合格者は伸び悩んでいる。毎年１億６０００万円程度の赤字が出るという話も聞いた。経営が苦しいのは理解できる。しかし，Ｓグループは経営基盤がしっかりしているので耐え続けていくだろう。そう考えていた。まさか，入って三年目で募集停止の話が理事長から出るとは・・・。仲人口を信じた自分の愚かさに腹が立った。
翌年度のカリキュラムを決める時になって，大学のグループはつぶれることがないからと私を誘った教授がこう言った。「大沼さん。私は他の大学に移るから。ここの行政法は君に任せるよ。」同教授は，この大学法科大学院はいずれこうなることを見越し，その大学に移籍する準備を整えていたらしい。仲人口は本当に恐ろしい。
結局，私は，同教授が担当していた行政救済法の分野を含め，行政法の全てを教えることになった。教える範囲は益々広がったが，教える相手は数が急激に減った。
あるとき、研究室が突然揺れ、本棚の本があちこちから落ちた。かなり大きい地震であり、なかなか揺れが収まらない。慌てて事務室に行くと、東北地方に大きな地震があり、しかも巨大な津波が押し寄せているらしい。テレビで見る津波のすさまじさに目の前が真っ暗になった。仙台の家族は大丈夫だろうか。連絡がなかなかつかなかった。
仙台に向かう方法が見つからず焦っていたが、ようやくＪＲバスが運行することが決まった。私は、ホッカイロ、ガスボンベ、電池など思いつくものを用意し、仙台に向かった。幸い家族にけが人は出なかったが、沿岸部にいた親戚には命を落とした人たちもいた。
２大学
募集停止後３年目に私は法学部の仕事をすることになり挨拶に行った。
もっとも、その時は、法科大学院は行政法、環境法の他、憲法も担当して欲しいと言われていた。その他に法学部の仕事をするとすれば、法科大学院と法学部の仕事が半々かと思っていた。
ところが、法学部の諸先生から、１年生から４年生まで講義やゼミなどたくさんの仕事があると言われた。会議日も毎週ある。土曜日も入試委員会とかのため潰れるらしい。これまで認められていた週１日の研究日もなくなる。私は、自分ができるキャパを超えていると思い、「法科大学院で行政法、環境法、憲法と、これだけの仕事があるので無理です」と説明した。すると、法学部の先生の面々の血相が変わった。十数名の先生方が一斉に大学の人事担当者に抗議をしに行った。そのドタバタが功を奏したのか、私は法科大学院の仕事を完全に辞めることなり、ホッとした。
法科大学院を去り，その大学の法学部の教授として仕事のみをすることになった。法科大学院はお茶の水にあったが，学部は埼玉県にあった。
ここでも本来の担当は行政法であった。この法自体，範囲が広い科目だが，学部ではそれ以外の担当範囲が広かった。
１年生には基礎演習として，漢字の書き取り，調べ方，レジュメの書き方，ゼミ発表の仕方などを教える。就職対策演習として，算数の四則計算，中学校の文章問題（旅人算，鶴亀算その他）などを教える。授業崩壊の現実を知ったのは，私のゼミ生の中にゼミの時間座っていられない学生がいたためだ。じっとしていられないから，しょっちゅう席を立っては他のゼミ生に話しかける。一番困ったのは，たまにパンツを脱ぐことだ。
私のゼミには女子学生はいなかったのだが，半年ほど女子学生がゼミに着ていた時期もあった。ゼミ指導の教授が嫌いなので面倒を見て欲しいと言う。ゼミ中は，私の似顔絵を描いたり，椅子に横になって寝ていたりする。本来のゼミに戻すまで一苦労した。
２年生には，先生によって違うが，私はディベートを教えた。三，四年生は，卒論の準備である。私のゼミは行政法のテーマを選ぶことになる。
行政法はもともと難しい科目なのに，ゼミ生のうち半数は行政法の講義を聴いたことがないと言う。書けるはずがない。ラグビー部のゼミ生をメディアセンター，つまり図書館に連れて行き，調べ物をさせる。私がどういう本を集めるべきか指示し，集めてきた学生を見ると，ハア，ハア言いながら肩で息をしている。私より体力が数倍あるのに何故息を切らしているのかと聞くと，「頭を使うと酸素を消費するので疲れるんです」と言う。日頃，いかに頭を使っていないかがよく分かる。
コピーをとらせて次週までに熟読してくるよう指示するが，次週に理解できたかと聞くと「全く分かりませんでした」と答える。
そこから卒論をまとめさせる苦労は並大抵ではない。
卒論の書き方を聞いてくる学生の中には，他の教授のゼミ生である女子学生もいた。その教授が怖くてゼミに出席できないので私に指導して欲しいのだと言う。仕方がないので，その教授の了解を得て，私が指導し，卒論を提出させた。
有名法科大学院に入るような優秀な学生もいたが，少数であった。
大学からの帰り道、夜間、青信号の横断歩道を歩いていると、私の左側から右折車が近づいてきた。一瞬立ち止まったがスピードを落としたので当然車は停止するものと思い、２，３歩歩いたとき、その車は速度を上げて走ってきた。私の左足がバンパーにはねられ、身体はボンネットの上、車は急停止し、私は転げ落ちて腰を打った。
近くにいた人がかけつけてくれた。車の運転手は「すみません、大丈夫ですか」と言っていたが、ヘッドライトのせいで顔はよくみえない。交番の警察官に通報してくれたらしく、まもなくして警察官が自転車でやってきた。加害者と少し話しをした後、私と私を助けてくれた人にところにやってきて事情聴取を始めた。すると、加害者は「ちょっと車を移動させていいですか？」と警察官に聞いた。警察官は、「いいよ、そこに駐車場があるから。あ、この件は人身事故として立件するからね」と言って承諾した。しばらく事情聴取をしていたが、加害者が一向に戻ってこない。「どうしたんですかね、加害者は」と誰かが言うと、警察官は慌てて自転車に乗り追跡を開始した。まもなく、本署の警察官がやってきて、私に、「加害者の車のナンバーはなんですか、車種は？」などと質問する。そんなの先ほどの警察官が聞いているはずじゃないかと不思議に思って聞いてみると、あの警察官は免許証も見せてもらってないし、ナンバーも控えていないとのことである。救急車で病院に運ばれ、自宅に戻る途中、「どうしますか、こういう場合は加害車両を見つけられないことが多いんですが」と言う。要するにあきらめてはいかがかという話である。私は、怒り、ファイスブックにこのことを書くと、弁護士たちから防犯カメラに写っている可能性があるから諦めるべきではないと言われた。そこで、警察にそのことを伝えると、防犯カメラでも、車が移動しているとナンバーまではきれいに写らないことが多いから難しいかもしれないと言う。そこで、ネットで調べると、そのような場合の解析ソフトとして「プレスリー」なるものがあり、警視総監賞をとったとのこと。証拠にするまでの精度はないが、捜査用としては十分に使えるそうである。そこで、警察に連絡すると、担当の警察官はプレスリーを知らなかったらしく調べてみるとのことであった。結局、プレスリーでも特定はできず、逃げられたままとなった。
交通事故にあったら、相手の免許証とナンバープレートを写真にとること、警察を信用してはいけないこと、が私の知り得た教訓であった。
３研究論文
大学で教授をしていると研究費が出る。そして，研究論文を書くというノルマが課せられる。もちろん，理由をつけて書かないでいる人もいるが，評判は悪くなる。
私は，どんな研究をできるかを考えたが，通常の学者と異なる私の特徴は訟務検事や裁判官として裁判実務を経験していること，さらにいえば，行政法の学者は行政法しか知らないことが基本だが，私は民訴法や民法など様々な分野を勉強してきたことである。裁判実務を学者に通訳するようなことができないかと考えた。
行政法の教科書を読んでいてよく分からなかったことが三つあった。原告適格，違法性の承継，処分性である。
例えば，原告適格は法律上保護された利益侵害がある場合に認められるとされているが，法律上保護された利益とは何かについては書かれていない。
②違法性の承継は先行行為と後行行為とが相まって一つの法律効果が完成される場合に承継されるとされているが，言語明瞭，意味不明である。
③処分性はその行為によって直接国民の権利義務を形成し，又はその範囲を画定する場合に認められるのが原則だが，法律効果が発生しない行政指導にも拡張される場合があるとされている。しかし，拡張すべき論拠が不明である。
これらはいずれも非常に大きく，難しい問題である。どんな学者に聞いても，納得できる答えが返ってこない。私は，風車に向かうドンキホーテと呼ばれてもいいやと思い，謎解きにチャレンジすることにした。
幸い，東北大学の公法判例研究会，東大系の行政法研究会に籍を置かせていただいたため，これらにつき，両方の研究会で報告者として報告し，その批判を聞いた後，三つとも判例時報に論文として載せていただいた。
研究会では，藤田宙靖先生，塩野宏先生，小早川光郎先生，稲葉馨先生などがおられた。その他高名な先生も大勢おられたようだが，私は面識がないので，誰であろうと正面から声高に激論をした。面識がないことをいいことに，先生方にだいぶ失礼なことを言った。「そんなのは裁判所で通用しませんよ。」「古い議論です」「民訴の常識ですよ」などなど。今から思えば冷や汗ものである。
ともあれ，私の頭では，理解できなかったことが理解できるようになったと思っている。つまり謎がそれなりに解けたと思っている。客観的評価は不明だが，私としては，高名な学者の前で議論のうえ，法律雑誌に公表できただけで十分である。
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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129191233/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 19:15:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第５章　家裁判事の世界</title>
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<![CDATA[
トリビアの会
弁護士の同期のＳ弁護士から，足を洗え，仙台からいったん出ろとアドバイスを受けていたので，異動先として東京を希望した。周囲からは「八〇パーセント東京高裁だろう」と言われた。
ところが異動先は東京家裁であった。私はショックを受けた。
東京高裁は日本の裁判所で最もハードな職場だ。あの忙しいと言って口をきいてさえくれなかった仙台高裁の右陪席の人でさえ、東京高裁で働いていた時について、「カラスが鳴かない日があっても、部長から叱られない日はなかった。」と言っていたほどだ。仙台高裁での２年の経験だけで東京高裁に行ったらつぶれてしまうかもしれないとも思った。しかし、仙台高裁であの厳しい部長のもとで鍛えられ、百数十件あった件数を４０数件にまで減らした経験はあるのだから、ひょっとしたら耐えきれるかもしれない。つぶれるか、持ちこたえるかわからないが、一度の人生だ。自分の全てをかけてチャレンジしてみる価値はあると思っていた。
ところが東京家裁だ。いったいどうしたんだろうと疑心暗鬼になった。私には仙台法務局時代、一つやらかしたことがあった。職員間で不貞問題があり、結婚している側の配偶者が不貞相手に対し巨額の損害賠償を請求してきたのだ。しかも、応じなければ記者会見を開いてマスコミに公表するなどと言う。私は、同期の弁護士に頭を下げ、何とか和解にこぎ着けた。だが、その額は１０００万円だ。結婚していた方は元のさやにおさまり、独身の方だけが１０００万円支払わされた。顔色は青ざめ、足下はふらしている。すさまじいダメージを受けたことは見た目からも明らかだった。
この件について、仙台地裁の所長がやってきて、事実関係を聴取しに来た。本省の訟務局からも、そのようなことがあれば報告しろと言ってきた。部長として、本来であれば聴取に対し正直に答え、本省にも報告するのが筋である。そのことは承知していた。しかし、そうすれば間違いなく不貞をした双方に処分がある。辞職に追い込まれたり、自分から辞職してしまうかもしれない。いやそれよりも今の精神状態からして自殺してもおかしくはない。私は、家族会議を開き、家内に相談した。責任をとって辞めなければならないかもしれないが、私は報告をしないことにしたいと言った。すると家内も賛成してくれた。素晴らしい家内だと改めて思った。ただ、このことは不祥事の隠蔽にあたり、管理職としては失格である。このことが人事にも響いたのではないかと思った。
あるいは仙台高裁でうまくいかなかった１年目の評価のせいかもしれない。
いずれにせよ、本来のコースから外されたように思い、愕然として気持ちになった。
東京家裁に単身赴任すると、家裁では，調停が主な仕事である。調停室を廻るのは肉体的にも精神的にもクタクタになる。頭脳労働というより、肉体労働のような仕事に、私は，なじめなかった。しかも、初めての単身赴任で体調を崩してしまった。年齢的にも、男の更年期の症状があった。疲労感、倦怠感、集中力のなさ、不眠などがでた。そのうえ、家内があれこれ言わない単身の身なので、ダイエットの挑戦し、１０キロ痩せ、夜、腹部がけいれんしたり、ふらふらしてめまいがしそうになった。同僚の裁判官から、「痩せたというより、やつれましたね。」と言われた。顔色も悪く、生気がなかったようだ。簡単にいえばガス欠の状態である。
家裁の主のような論客の部長，シャープで正確な裁判官に，修習生に人気の美人の女性判事、これまた論客の家事調停官，落ち着いたバランス感覚のある発言をする家事調停官と様々な人が発言するので，裁判官室はいつも賑やかだ。
子供の引渡や面接交渉の審判はそれなりに面白かったが、どこかガス欠で仕事への生きがいが感じられなかった。
調停委員に人達と「トリビアの会」を作り，１年間、一般の研修ではとりあげないテーマを勉強することにした。離婚・相続と税金，人工生殖と親子関係，離婚後の共同親権の是非などについて，私が基調講演をし，税理士その他の専門家に問題点を補足していただき，テレビの法律相談のようなクイズ形式で意見を聞くという企画である。ディベート形式にしたこともあった。これが面白いと言われ，人気を博した。弁護士会の会場「クレオ」を使ったが，一〇〇名以上の調停委員の方々が参加してくださった。最後の会では先生方が作った手作りのメダルをいただき，感激した。
その後、仙台家裁に戻り、１年だけ上席判事として仕事をしていたが、突然、Ｓ大学法科大学院から教授へのお誘いがあった。検察官，訟務検事，裁判官と職種を転々とした私としては，大学教授，弁護士と経験したら，全ての法曹を経験したことになる。
心配だったのはあまり聞いたことのない法科大学院なので倒産してしまうのではないかということだった。誘ってくれたＩ教授は，「この法科大学院はＳグループなんだよ。Ｓ予備校は知っているだろう。グループの財政的基盤が豊かだからつぶれることはない。つぶれるとしたら法科大学院の中では最後だよ」と言う。定年は７０歳だそうであり，裁判官より長い。家内に相談すると、「転勤がないならそれもいいわね」と賛成してくれた。私は、思い切って，裁判官を辞めて法科大学院の教授になることにした。
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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129190814/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 19:10:00 +0900</pubDate>
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<item>
<title>法曹世界の珍道中　第４章　訟務への復帰</title>
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<![CDATA[
仙台法務局の訟務部は部長が私の他，裁判官出身の訟務検事二名，検察官出身の訟務検事一名，法務局出身の訟務管理官，上席訟務官，訟務官，事務官という構成である。なお，訟務官の中には国税局からの出向者が一名いる。
部屋を見渡した印象は若者が少ないなであった。しかも，何となく覇気がない。
訟務はかつて法務局の「気違い島」と呼ばれていた時代があった。普通の人ではない，狂人のように異常に優秀過ぎる人達が集まる部署という意味である。専門官制となる前は，飛びきり優秀な若手を事務官として訟務に集めていた時のことである。
しかし，専門官制になると，そのポストに相応しい号俸が高い年輩の者を集める必要がある。優秀な若手だけ集めるというわけにはいかなくなる。
確かに，訟務は難しいとされている部署だけに，それなりに優秀な人が配置はされている。だが，出世コースのファーストクラスからは落ちこぼれた二番手集団という雰囲気がある。それが覇気をなくさせているのだ。これを変えるにはどうすれば良いのか。
法務局の中での訟務は，特殊であり，外人部屋というイメージが強い。局議でも訟務の問題が議題となることはほとんどない。訟務が法務局の中で重要な位置づけを持つには，その役割を抜本的に見直す必要がある。そこで，私は，訟務を法務局の「人材育成機関」として位置づけることにした。
当時は，公務員の意識改革が急務とされていた。そこで，公務員の意識改革，危機意識と法務局の未来などのテーマで，法務局を取り巻く危険な現状と意識改革の必要性を訴える職場研修を東北管内の地方法務局，支局などで次々と行った。部長だけに任せておけないということで，訟務検事や上席訟務官も登記国賠などのテーマであちこちで講演して回った。一年で合計約七〇箇所の法務局，支局で研修を行った。これで，訟務とは職場研修における「人材育成機関」という位置づけが定着していった。
訟務の内部研修も改革した。従前は，全時間，訟務における法律問題，事実問題を研修していた。内部研修の時間のうち，半分は同様の研修をしたが，半分は，上席訟務官以上については法務局全体の問題，必要な改革，危機への対応等の議論にあて，その時間は，法務局の局長，人事権を持つ民行部長に出席していただいた。若手の訟務官以下の研修については，法務局全体に関するテーマ（例えば，法務局に公法上の筆界についての査定官を置くべきかなど）について，肯定側・否定側に分かれてディベートする。午前，午後に分け，正反対の立場から議論を展開する。肯定側，否定側の両方の立場でいずれも勝たないと優勝はできない。これにも，局長，民行部長に出席していただいた。
局長会同や会計課長会同など，法務局全体に関する会議があれば，訟務内部で徹底的に議論し，訟務部としての意見を必ず提出する。もちろん，訟務に関するテーマではない。毎回，局の意見として出すものの半数は訟務部が提出した意見であった。
こんなことをしていると訟務事件の処理がおろそかになるのではないかを危惧する声もあったが，職員には「事件処理の責任は，報告・相談を受けたうえでの判断であれば，最終的には部長がとる。皆さんは，仕事は一生懸命していただきたい。だが，訟務で覚えて欲しい能力は判例や準備書面の書き方ではない。」，「身につけてもらいたいのは，よく調べ，よく考え，よく論じ，よく書く能力だ。」，「訟務を出てから，あの人はよく調べてある，よく考えている，しゃべらせると説得力がある，書かせると凄く立派な文章を書く，こう言われて欲しい。この四つの能力があれば，どこに行ってもあの人は優秀だと言われることになる」。これを毎回の会議で，離任するまで言い続けた。
訟務は法務局の人材育成機関であるという位置づけは，法務局の中でも定着していき，訟務の人材が良いポストに栄転していき，また，後任者も優秀な人が入ってくるという，好ましい人事の流れになっていった。
事務方の№一は訟務管理官であるが，私が一緒に仕事をした四名の訟務管理官は全て地方法務局の局長になっていった。
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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129190411/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 19:06:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第３章　裁判官の世界</title>
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１判決を書いたことのない判事
大阪地裁では交通部に配属された。驚いたのは，部屋にいた裁判官の学歴である。私以外に６名の裁判官がいるが，東大卒２名，京大卒３名，後１名は分からなかったが，私大卒の私は，極めて少数派である。裁判所って東大・京大卒のきらびやかなエリート集団なのだとつくづく感じた。私の隣席は京大卒の裁判官だったが、かなりの美人であり、弁護士のファンも多かった。
赴任して間もなく，困ったことが起きた。裁判官にとって期日で何が必要かというと法服である。法服なしでは，法廷に行っても裁判官として扱ってもらえない。ところが，その法服の支給がなかなかない。書記官を通じて，会計課に問い合わせてもらった。返ってきた答えは，「訟務に行く前の法服はどうされたのですか」であった。要するに，私は，訟務に行く前は裁判官をしており，その時法服の支給があったはずだから改めて支給する必要はないと認識されていたらしい。生粋の検事が判事として入ってくるなどという発想はなかったのだ。
結局，期日には新しい法服が間に合わなかったので，部長からお古で袖のすり切れた法服を借り，それを着て出廷した。
通常，裁判官は，１０年間，判事補として働く。特に最初の五年間で地裁の部長や先輩判事に徹底的な指導を受け，一人前になっていく。いわば職人の世界である。研修も色々ある。私は，そういう経験が一切なく，修習生以来判決を書いた経験が一度もないまま判事になった。そんな私の判決をそのまま世に出してよいのか不安がよぎる。
裁判官の仕事は多忙である。百数十件以上の未済事件をかかえ，それを裁きしながら，毎月配点される数十件の新件について審理していかなければならない。
原告・被告とも主張・立証が終わると，否応なしに判決を書かざるを得ないことになる。しかし，判決を書くための時間が用意されているわけではない。夜間や休日に書くしかない。初めて書く立場としては簡単ではない。万が一判決でミスをすれば，徹底的に叩かれることは当然である。そんなこんなで最初の一年目は処理が遅れ，未済がかなり増えていった。
しかし，２年目になると，ようやく判決を書くコツが分かってきた。
交通部の判決には形がある。パターンを分析し，ひな型を作り，それを埋めていくことによりかなり効率が良くなる。また，判決のミスもパターンがあるので，チェックリストを作り，チェック漏れがないようにする。そして，判決は，新件を配点されると同時に書き始める。審理が終わるころには，判決を書き終えているのが理想であり，完全には終わっていなくても大体完成していれば慌てることはなくなる。
書きかけの判決を手にしながらと望外の成果を得ることもあった。当事者にとって，判決の原案はプレッシャーになるらしい。和解の成立率がアップしてきた。１年目は苦しかった事件処理が，楽になり，楽しくなった。後手に回れば地獄。前倒しで処理ができれば天国である。
裁判官同士で話合って，月一回，その前一か月間の交通部の判決を整理し，書いた裁判官以外の者が解説し，議論するという研究会を始めた。裁判官が他人の判決をあれこれ議論する機会はなかなかない。先輩も後輩も平等な立場で議論するのは，大変勉強になる。
３年目で未済件数は減った。前任者から引き継いだ事件数よりもかなり少なくなった。しかし，自分の判決がどのように評価されているかには自信がなかった。これまで判決を書いたことがなかったのだからうまくかけているわけはない。コンプレックスが重くのしかかっていた。
ところが，こわもてで知られる高裁の部長が私の判決を毎回褒めていると聞いた。この人は，陪席が書いた判決が気に食わないとどこが悪いのかを言わずに何回も突き返すことで有名だった。私の判決を褒めるなんて信じられない。お世辞のたぐいだろうと思っていたら，高裁のその部の裁判官から直接言われたし，飲み会の席でもその部長から直接褒められた。嬉しさに舞い上がってしまった。
転勤が近くなった時、私は、足下がドーンと揺れるのを感じた。地震である。大抵の地震は本震の前に予審があるものである。ところが、今回のはいきなりの本震であった。机に向かっていた私は、とっさにガスストーブを消して部屋から出た。直後に部屋の両側にあった本棚が倒れ、部屋に入れなくなった。隣の部屋で子供たちと寝ていた妻に「今凄い地震があったね。大丈夫！」と聞くと、妻は「シーッ！静かにして！」と言う。妻に言わせると、空の段ボールが落ちて息子のお腹に当たっただけで、後は何ともないと言う。宮城県沖地震を経験しているからこの程度は何ともないそうだ。部屋を飛び出していて本当に良かったと思った。寝ていて本棚の下敷きになり、助けを呼んでいたら、「シーッ！静かにして！」と言われ、助けが来なかったかもしれない。
交通手段が途絶え、裁判所にも行くことが出来なくなり、テレビのニュースばかり見ていたら、違和感を覚える出来事があった。外国から救助のため医師と救助犬が駆けつけたが、入国を拒否されたとのことである。理由が日本の医師免許を持っていないとか狂犬病の予防接種を受けていないことだそうだ。海外からボランティアで１人でも多く人命を救いたいと駆けつけた人に対する態度だろうか。結局入国までに１日以上かかったらしい。
また、大阪から被災地である神戸に行くには２本の幹線道路がある。しかし、２本とも被災地に向かう車の列で身動きがとれない。これらの車がそのまま被災地に入ったらどうなるのだろう。それでなくても、ビルが倒れ、道路に亀裂が入っている。その中にこんなに多数の車が入ったら、救急車も消防車も動けなくなるのではないか。なぜ、被災地への車の流入を阻止しなかったのかは後でその理由がわかった。進入禁止の標識が足りなかったので東北の業者に発注し、納入までに３日かかったためとのことである。被災した命をどれだけすくいえるかは最初の４８時間で決まるという。標識の発注のためにどれだけの命が失われたのであろうか。
さらに、住宅の密集地帯から火災が発生した。地震後コンセントを差したままにしておくと漏電により火災が生ずるらしい。米軍か自衛隊のヘリコプターが来て消化剤をまくしかないのではないかと思った。しかし、一向にヘリは来ない。後で知ったのだが、消化剤をまくと家屋の下敷きになった人々が酸欠で死亡する危険があったから撒けなかったそうだ。しかし、撒けなかったがゆえに広大な区画の全てが全焼し、下敷きになっていた人々は焼け死んだ。
何かがおかしい、と感じた。日本の公務員は世界一優秀だと信じていた。しかし、その優秀さはマニュアルを読んでその通りにするという優秀さだったようである。マニュアルがないために自分の頭で考えなくてはならない場面になると何もできなくなる。それは優秀さとは真逆のものではなかろうか。
少し落ち着いてから、私は、長男と長女を引き連れて被災地に向かった。ホッカイロとマスクが足りないと聞いていたので、３人ともリュックいっぱいにホッカイロとマスクを詰め込んで被災地へ歩いた。ひっくり返って屋根が真下になっている建物をみて、巨大地震のすさまじさに心が震えた。
２賢治の里
盛岡家裁に赴任することになった。郷里の仙台を通り越して，隣の県への赴任である。家裁のみならず，二戸支部の掛け持ちである。仕事はのんびりしていた。ゆとりがあったので，局報「いわて」を担当することになった。岩手県は，宮澤賢治の里である。面白い人材が多い。裁判所の公用車の運転手さんは，普段はＢＭＷを乗り回しているお金持ちだし，掃除担当の庁務員は書道の達人である。家裁調査官は，バラグライダーが趣味，裁判官の中には射撃が趣味な人がいた。そのほかにも，様々な趣味をもつ個性的な人達が多い。
そこで，その人達にエッセイを書いてもらい，その一つ一つに私が解説と感想を書くというスタイルをとることにした。
もっとも，中には，「自分がかけるのは頭くらいで，エッセイなどは書けません」という人もいる。そんな場合には，インタビューをして面白い話を聞き出し，私が代筆することにした。
これがなかなか面白いという評判をとった。視察に来られた仙台高裁長官は，全国の局報で後世に残す価値があるとしたら，局報「いわて」だけだろうと仰ってくれた。
三年目に地裁に移り，民事裁判を担当した。一般民事は初めてだったので，新鮮で面白かった。もっと長くいて色々な事件を経験したいと思っていたら，Ｍ所長から電話が入った。私が異動先の希望を東京，横浜，仙台の順に記載していたことについてであった。所長は，「大沼君のお父さんは身障者で仙台にいるんだよね。本当は仙台に異動したいんじゃないの」と言う。身障者の親の介護が大切だと思わない子供はいない。私は，所長の言葉に，「はい，それでは仙台が第一志望ということでお願いします」，と答えていた。大きな進路変更であった。
後で知ったのだが、この仙台行きの話は、所長の奥様と私の家内との話で決まっていたらしい。家内が仙台に戻りたいんですがと言うと、所長の奥様は「あーら大沼さん。簡単よ。大沼さんのだんなさんのお父さんが障害者なんでしょ。その介護のために必要だと言えば、裁判所は配慮してくれるわよ。それに私の主人が引っ張ってくれるから大丈夫」と言っていたそうである。既に、私が了承する前に私の人事は決まっていたのだ。これを知ったのは、２０年近く経ってからのことであった。
判事以上の裁判官の人事は，判事補とは様相が異なる。判事補の異動は全国異動であり最高裁が決める。
しかし，判事以上になると，プロ野球の選手のような異動となる。全国に八つの高裁があるが，野球に例えると八球団があることになる。八球団は，それぞれレギュラーやそれに準じる控え選手を決める。そして，異動は，各球団の社長，監督相互のやりとりで決まる。
ほとんどの人が志望する東京高裁管轄は別として，その他は，各高裁が将来を見越した裁判官名簿を作成する。その名簿に載らない人はいわば所属が決まっていない人となり，どこに異動になるかが分からない。
私がここで仙台を希望したということは，仙台高裁の裁判官名簿に載せて欲しいという希望を出したことにもなる。一度は東京で仕事をしたいと思っていた身としては，その夢を諦めたことにもなるのだ。
３何も知らない人に来てもらっては困る！
とはいえ，仙台は私の故郷である。住むのは修習生以来であり，暮らしやすい。裁判所は，仙台地裁だと思っていた。民事の通常部で経験を積むものと思い，伸び伸びと仕事ができると胸を膨らませた。ところが，配置されたのは仙台高裁であった。
同じ裁判所でも地裁と高裁とでは雰囲気が違う。地裁は，部長にもよるが概ねフランクで思ったことが言いやすい世界である。半人前の裁判官でも経験を積み，頑張って成長できるいわば「修行の場」である。しかし，高裁はそうではない。裁判官は全員一人前として扱われる。裁判官としての能力がどの程度あり，将来どのようなポストを任せられる器かを見定めるいわば「評価の場」である。そこで高く評価されれば将来は安泰であるが，仮に低い評価を受ければその後はドサ回りが待っている。高裁の陪席裁判官に自殺者が多いのはそのせいである。
着任早々，新任裁判官の歓迎会があった。私は，これまでのキャリアを述べた後，「このような経験しかありませんので，高裁が初めてなだけでなく，合議の主任は初めて，そしてほとんどの事件が初めてです。しかし，頑張りますのでよろしくお願いします。」と挨拶した。
私が挨拶を終えて自席に戻ろうとすると，右手を頭の上まで上げておいでおいでをしている人がいた。新しく来られたＫ仙台高裁長官である。私を目の前の席に座らせると，厳しい顔で口火を切る。「君ねえ。高裁の部長はもう六〇を超えていてよれよれなんだよ。地裁の部長のように何も知らない若手を一から育てる体力は残ってないんだ。君のように何も知らない人に高裁に来てもらっては困るんだよ！」。私は，何も仕事をしていないのにお叱りを受けることになった。
私の部の部長は，目つきが鋭いＫ部長であった。裁判所の中では反体制派とみられている高裁の経験が異様に長い人である。怖そうである。
ただ，右陪席は，Ｉ裁判官である。Ｉ裁判官は，私が司法修習生の時に地裁の右陪席だった人で面識があり，気さくな感じがした。
高裁となると判決の書き方が主文からして違ってくる。引用判決が主流であり，どこまでをどう引用するかが難しい。手続も地裁とは異なることが多く，面食らうことが多い。私は，とりあえず，面識があったＩ裁判官に質問し，教えてもらいながら仕事をしようと思った。ところがＩ裁判官に話しかけても，眉をしかめ「ウーン」としか答えない。いかに鈍い私でも，一日中そうだと，話しかけられるのを極度に嫌がっていることが分かった。しまいには，私の机との境界に段ボールで高い柵を設けた。本人いわく，「集中して仕事がしたい」からだそうだ。
さすがに，Ｋ部長に初歩的な質問をするのは恐怖を覚える。最初のころ，先例が少ない事件について地方の地裁の判決があるのを見つけ，「こういった判決がありました」とＫ部長に報告したら，えらく叱られた。「君は，高裁の部総括の私に地裁の裁判官が書いた判決を読んで勉強しろとでも言うのか。ここは高裁なんだよ。持ってくるなら，高裁レベルの判決を持ってこい。」と言うのである。地裁の判決なぞレベルが低いので，部総括にお見せすること自体間違いだと言う。くだらない基礎的なことを質問したら，どれほど叱られるかわからない。
高裁の仕事のやり方をどう学べば分からずとまどっているうちに，Ｉ裁判官は恐ろしい速度で起案を書いた，そして，その起案を一番上にした分厚い記録を，私が下を向いて仕事をしている机の上に，ドスーンと大きな音をさせて置く。叩きつける感じである。私は，驚いて飛び上がった。読めば完璧な起案である。仙台高裁に来る前，東京高裁の陪席をしていただけある。非力な私の焦りは頂点に達した。
私は，ある程度のところまでできあがると，起案をＫ部長に上げるようになった。ところが，これがいけなかった。起案にミスや検討不足が散見されたのだ。優秀なＫ部長は決してそれを見逃さない。起立させられ，ぐうの音も出ないほどひどく叱られた。もちろん落第である。一年目は散々な評価であった。
二年目になると，右陪席がＩ裁判官からＫ裁判官に交代した。高裁では私の方が先輩なので気楽に話すことができた。私も，ようやく高裁の判決に慣れてきた。Ｋ部長は仕事が早い上に熱心である。枕元に記録が二，三冊ないと安眠できないと言う。原則一回で結審する。こうして判決を書くべき事件は次々とやってくる。必死に書いていると，処理件数がどんどん増えだし，第三民事部の未済が急激に減っていった。一般に未済が経るということは裁判官の処理能力が高いことを意味するので，好ましいことだと思っていた。これで一年目の悪評は帳消しになるかもしれないという甘い期待を抱いた。
ところが，ある日Ｔ事務局長に呼ばれた。事務局長曰く，「大沼君，君は何を考えて仕事をしているんだ」。私は，事件処理のどこに不手際があったのだろうと眼をキョトンとさせた。すると事務局長は，「君は未済を減らし過ぎなんだよ。仙台高裁位のレベルでこんなに減らしたらどうなる。高裁の部が一つ減るかもしれないぞ。」と言う。私は，部長から言われたとおりに仕事をしているだけですと反論すると，「それなら部長に意見しろ」と言う。あの恐ろしい部長に意見などいえるはずはもとよりない。そもそも事務局長ですらＫ部長に意見を言える立場にはないのだから，私のような陪席裁判官はもっと言える立場にない。
悪戦苦闘しながらも，高裁に慣れてきたので，いよいよ質の良い判決を書くことに注力しようと思い出した二年目の暮れ，突然，古巣の訟務へ異動せよとの内示が出た。三年はいるはずなのに二年で異動，しかも，仙台法務局の訟務部長である。事務局長は，私を指名しての要請だったので断れなかったと言う。
弁護士会が開いてくれた裁判官送別会の席上で，同期のＳ弁護士からこう言われた。「仙台高裁から出て行くというんで送別会をしたら，行き先は仙台法務局の訟務部か。我々の敵になるんだね。そのことはとやかくいわないけど，法務局の後，そのまま仙台の裁判所に戻って来るのは困るよ。判検交流の弊害の極みだ。どこか別のところで足を洗ってきてくれ。そうしないと弁護士会としては，大沼君のことを問題にしないといけないことになる。」
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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129185956/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 19:01:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第２章　訟務検事の世界</title>
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１訟務の心得
訟務検事は，検事出身と裁判官出身者とがほぼ半数ずついる。その他に，法務局出身の訟務官，訟務専門官がいる。しかし，彼らは，Ｙ検事のいうような訟務のベテランではない。訟務検事同様，三，四年訟務にいて，また古巣に帰るという人事ローテーションを繰り返しているだけである。生粋の訟務出身者などいない。よそから来て，数年で古巣に帰っているだけであり，いわば「外人部隊」の集まりなのである。
かつては違ったらしい。一般の検事とは別に，訟務だけを担当する検事として任用していた時期もあったそうである。しかし，弊害があることが分かり，今のような外人部隊だけの集まりにしたとのことである。
どんな弊害があったのか？私は前任者のＨ検事から引き継いだ記録を読みながら薄々察しがついた。民事の裁判所に出す書面は大半が準備書面である。要は，主張を書面にまとめたものである。この準備書面が前任者の場合，極めて薄い。一枚目は，多数の代理人の名前などの記載があるもので主張はほとんど書いてない。二枚目から主張に入るのだが，三枚目の中程か，下手すると二枚目で主張が終わっている。どの書面をみてもそうなので，どんな事件なのかがさっぱり分からない。
後任者の私が読んでも分からないのなら，裁判所もそうではないかと思い，私の目の前に座っていたＳ検事に聞いてみた。彼は，裁判官出身で，身なりもきちんとしており，いかにも頭が切れそうな眼をしている。彼は後に訟務局長になった人だ。「裁判所も何を言ってるのか分からないから，もっと詳しい書面を書くようになんども促している。しかし，何度言っても，薄いペラペラの書面しか書かないのがＨさんの流儀なんだ。彼は，初めから訟務検事として任用された人で，昔からその流儀らしい。」と教えてくれた。私は，「そんなやり方をしてるんじゃ，勝つべき事件も負けてしまいませんか？」と聞き返す。すると，Ｓ検事はにんまりしながら，「ところがそうでもないんだね。彼は宝蔵院流槍(そう)術(じゆつ)の達人でね。その奥義は，誘いの隙を見せながら何もしないで待つ。相手はじれて，我慢できずにその隙に乗る。そこを槍で突くんだ。」と言う。訟務の事件の場合，証拠のほとんどは訟務側が持っている。どんな先例があるか，どんな根拠に基づいたのかなどの資料も訟務側が把握しており，原告側には情報がない。そんな状態で訟務側がほとんど主張をしなかったら，裁判所もどんな事件か分からないが，原告もさっぱり分からない。じれてしまい，よく分からないまま間違った主張をする。そこを突くのだという。
なるほど，そういう勝ち方もあるかもしれないが，おそらく裁判所の信頼は得られないだろう。勝ち負けが微妙だが，国にとって重要な事件で裁判所の信頼を得られず，勝つべき事件が負けてしまうことがあるかもしれない。ほんの一例だが，訟務しか担当しない検事の弊害とは，こんなことを言うのかもしれないと思った。
訟務に行って間もなく，お花見があった。千鳥ヶ淵の染井吉野の下にシートを敷き，酒盛りをする。今が桜が満開か七分咲きかで皆の意見が分かれた。酔っているせいもあり，満開派と七分咲き派の議論は尽きそうもない。その時，Ｓ検事が立ち上がり，「こういう時は数えてみるのが一番だよ」と言って，大きな枝に咲いている花の数を数え始めた。ひとしきり数え終わると，「七分咲きだね」と言う。そういうことかと誰も反論しなかった。私も面倒がらず数えることが大事なのだな，という教訓にした。
しかし，二次会の飲み屋でＳ検事からこう言われた。「数えるのも大事だけど，問題はどこを数えるかだよ。僕は，自分に有利な場所を数えた。不利な場所を数えての反論がないと，僕の方が勝つ。裁判も同じことだよ。」
裁判とはそうやって勝つんだということを花見の席で教わった。
２沈み行く船
訟務では，検察国賠を主に担当した。検察国賠の典型は検察官が起訴した事件が無罪となり，その起訴が違法だとして損害賠償を請求するケースだ。私は，検察庁時代，検察の仕事の重要性は国民が分かってくれていると信じていた。しかし，検察国賠を担当しているとそうでもないことが分かってくる。裁判官出身の訟務検事の幾人かは，検察官は信用できない，国民から信頼されているなどというのはファンタジーだと言う。
検察庁の人気というのは時代によって異なる。ロッキード事件のときなどはかなりの人気だったと聞く。しかし，私の同期は，検察官任官者が極端に少ない。長髪の見た目は勿論，性格的にも検察官に向いていないとしか見えない私に，検察教官が検察任官を強く勧めたのはそんな時代だったからだ。
何が原因か分からないが，私が尊敬していた検事の先輩が次々と辞め始めた。あの「割屋」で鳴らしたＹ検事さえ，政治家になると言って突然検事を辞めた。その他優秀だと思っていた先輩達が次々と辞めていった。中には，「今辞めないと俺が優秀じゃないからだと思われそうだから辞める」，と言って辞めた先輩もいる。理解不能である。検察は沈み行く船に見える。船が沈む前，ネズミが次々と逃げ出す様に似ている。
私は，自分が検事として優秀だと思ったことはないので，辞めようとは思えなかった。沈み行く船にも自分で泳げない弱者はしがみつくしかない。とりあえず目の前にある検察国賠の仕事に集中した。爆弾事件などは記録が百冊以上もある。ともかく，被疑者を調べるよりは，準備書面を書く方が私に向いているようだ。
５時以降になると大部屋の会議室で飲み会が始まるのが恒例だった。当時のＨ副部長は大のお酒好きで、私が仕事をしていると、「大沼君、大沼君、みんな君のこと呼んでるよ」と言う。私が「明日副部長にあげなければならない準備書面を書いているんですが」と断ろうとすると、「明日の準備書面、明日書けばいいよ」と言い、強引に飲み会の輪に連れて行く。しかし飲み会は一次会で収まらない、２次会に行き、ラーメン屋に寄り、副部長と２人でタクシーに乗ったのでようやく帰れると思ったら、「もう一件行こう」と言って、別の店で飲み直す、山手線に乗ったまでは覚えているが、その１時間後、官舎に向かう途中の神社で寝ているのに気づいた。ハッと思って持ち物を確かめると、鞄がない。そこには１ヶ月分の給料と判例評釈の原稿が入っていた。駅に戻っても届いていないというので、翌日忘れ物センターに電話したが、それらしきものはないとのことである。本当に不覚であった。家内に平謝りに謝ると、笑って許してくれた。１ヶ月分の給料は家計にとって手痛いのに。以来、家内には頭が上がらなくなった。
３違法限定説
私が書いた準備書面は法務局の副部長，部長の決裁を経た後，法務本省に回られる。本省の検察国賠の担当は検察出身のＫ参事官である。その後，本省の課長が眼を通す。
ある日，Ｋ参事官から私に電話があった。検察国賠でも「違法限定説」を主張したいのでそのつもりでいて欲しいとのことであった。「違法限定説」とは，裁判国賠，つまり裁判官の裁判が違法だとして損害賠償を請求された訴訟についての違法性判断についての説であり，違法不当な目的をもって裁判をした場合などでなければ違法ではないというものである。裁判官が違法不当な目的をもって裁判をするなどということがありえるのだろうか。また，仮にあったとしても，そんなことを立証できるのであろうか。現実には不可能である。したがって，裁判官の裁判が違法となることはない。Ｋ参事官は，その説を検察国賠にも適用すべきだというのである。
私は，検察出身であるから，検察官の起訴が違法となることはない，という夢のような説は魅力的である。特に私は，検察国賠担当なので，そのような見解を裁判所に採用させることができれば，私のお手柄になるかもしれない。これは出世のチャンスかもしれない，などという邪心がわく。一方で，今の検察国賠を担当して感じる雰囲気からして，そんな説が採用されるとは信じられないように思えた。
そこで，法務局にいる裁判官出身の訟務検事達に次々と意見を聞いてみた。Ｓ検事を含め，聞いた一〇名ほどの訟務検事は，「違法限定説なんて，裁判官の場合も行き過ぎだ。ましてや検察官の起訴にそんな説が採用されることはない。裁判所はもちろんのこと，この訟務の中ですら通用しない。」と力説した。
私は，この訟務の中ですら通用しない説を主張しても無意味だと確信し，Ｋ参事官に「検討しましたが，無理です。私は，現在のままの職務行為基準説でいくしかないと思います。」と伝えた。これがＫ参事官の逆鱗に触れたらしい。
私がある検察国賠の事件で準備書面を書き，副部長，部長の決裁を経て本省に送った。すると，本省のＯ課長から，電話で，「大沼君が書いた準備書面が本省に上がってきていないけど，どうしたのか。」と照会があった。私は，「副部長，部長の決裁を受けて本省に回しましたが」と答えた。Ｏ課長に準備書面が回らなかった原因はすぐに分かった。私の準備書面を読んで，違法限定説を主張していないことに激怒したＫ参事官が破ってゴミ箱に捨てたらしい。
私は，三年で東京法務局を離れ，東京地方検察庁に異動するものと聞かされ，そう思っていた。
ところが，検察国賠で次々と大きな事件が起きていたことから，四年いることになった。そして，その後言われたのは，本省への異動であった。私にとっては栄転である。しかし，問題があった。本省でＫ参事官の元，検察国賠を担当せよとのことであった。
４失敗の責任
本省でＫ参事官に挨拶をすると，参事官はニコニコしながら手を握ってきた。「これまで色々あったけど，これからは一緒に頑張ろう。検察国賠で違法限定説を本省で主張してくれないか」と言う。そのために私を栄転させたらしい。私は，しばし沈黙して，「それは無理です。訟務でも決裁が通りませんから。」と答えた。その途端，参事官の目つきが怒り色に変わった。そして，口をきかなくなった。
毎日挨拶をしても，参事官は，無視し，口をきかなかった。やがて，本省で検察国賠の準備書面を作成することになり，いつものように「職務行為基準説」で書いてＫ参事官に提出した。その内容について協議をし，手直しをするのが通例である。ところが，参事官からは何の音沙汰もない。提出から二週間たったころ，私は，参事官に，「この前の起案はどうなりましたか？」と尋ねた。すると，参事官は，「テニオハだけ直して課長にあげておいたよ」と言う。何も問題がなかったというのだ。
Ｋ参事官の言葉が嘘だということが間もなく分かった。参事官が，「俺の面目が台無しじゃないか」と愚痴を言い出したからだ。どうやら，参事官は，私の起案のうち，「職務行為基準説」の部分を「違法限定説」に書き直し，刑事局の決裁に回したらしい。法務省の中で刑事局は最も大きな部局である。刑事局長は，格付け的にも訟務局長より上である。その刑事局長が決裁した準備書面を訟務局が手直しするということはこれまでなかったらしい。
ところがである。そのときいたＯ課長は，骨のある課長であり，刑事局長の判子が押してある起案に徹底的に手を入れ，「違法限定説」の部分を私が書いた「職務行為基準説」に戻してしまったらしい。確かに，それではＫ参事官の面目は丸つぶれである。私は，だからいわんこっちゃないという思いであった。
失敗の責任は誰かがとらねばならない。直接の責任をとるのは上司ではない。失敗の責任は，上司の言うことをきかずに，自説を曲げずに準備書面を書いた私にある，ということになった。Ｋ参事官は，益々口をきいてくれなくなった。私が見なければならない書類も私が席を外した時に私をパスして回されるようになった。部下も私を無視するようになり，私は課長から何か質問されても何のことか分からず，局付検事として機能しなくなった。
極度のストレスから，私は，電気けいれん療法を受けることにした。頭に電気を通してストレスを解消するという療法である。鬱の人が自殺を防止するのに効くという。受けると頭の中に火花が走った。検事を辞めたいと真剣に思った。
５「提灯行列説」
本省に来て二年目，私は，民事訟務課から行政訟務二課に異動になった。検察国賠担当検事はクビになったのだ。これからは労災担当だ。先輩の局付検事は東大出身のＩ検事，課長は京大出身のＳ課長だ。二人ともエリートだが，人柄が良い。私は，本省に行くのが楽しく，快適になった。
当時は，事故と業務とに因果関係があるかについて，裁判例が揺れていた。労働者災害補償保険法の解釈の問題だ。解釈をつきつめるには立法資料を調べる必要がある。そこで，労働省の役人に立法資料を持って来て欲しいと依頼した。何回か依頼したが，適当なものが見当たらないの一点ばりである。戦後間もなくの混乱期に出来た法律なのでやむを得ないのかもしれないと思いつつ，本当にそうなのか自分の眼で確かめてみたいと考えた。そこで，労働省の倉庫に行かせてもらい，関連する資料を選び送ってもらった。自分の席の横に積み上げると段ボール一二箱になった。確かに立法趣旨について明確に記載した資料はない。しかし，立法時にどういう議論がなされたかは推測ができた。いわゆる職業病として典型的なものを挙げ，それに準じるものについて法律の保護を与えようとする発想のようだ。つまり，因果関係があるもののうち，一定のものに保護の範囲を限定しようとする発想だ。
私は，これは刑法の相当因果関係説の発想に似ているように思えた。刑法では，因果関係のあるもののうち，相当因果関係のあるものについてのみ責任を負うという考え方が通説である。民事でも同様の考え方が可能ではないか。
Ｓ課長は，民事では，相当因果関係による絞り込みは通常は行っていないと言いながらも，作成中の労災保険補償法の手引きでそのような見解をとることを認めてくれた。手引き中，因果関係の部分を私に担当させてもらえたのは嬉しかった。別の訟務の雑誌に論文も書かせてもらえた。Ｉ検事は私の説を「提灯行列説」と命名した。もちろんＩ検事流のジョークであるが，分かりやすい。
私の提灯行列説は，その後約一〇年間，訟務の説として主張された。最終的には最高裁判所が採用しなかったが，それまでは有力な説とされた。
６左遷
私は，手引きが完成したタイミングで休暇をとり，家族で札幌に旅行に出かけた。仕事に熱中して家族サービスが出来ないでいた妻に対するせめてもの償いであった。札幌旅行を満喫し，東京に帰ってきたところ，局長から呼び出された。
局長室に行くと，Ｉ局長は難しい顔をして私を見た。「大沼君。君は検察国賠を担当するために本省に来たんだよね。」と言う。「しかし，今，検察国賠を担当していない。検察にとって，局付のポストは重要なんだ。君が検察国賠をやらない以上，本省にいてもらうわけにはいかない。」と言って，立ち上がり，私の肩を叩いた。「君には札幌に行ってもらう。地方から攻め上って来い！」
左遷である。左遷の理由をこれだけはっきり告げられての左遷は珍しいのではなかろうか。Ｓ課長にそのことを話すと，「なんでこのタイミングで君が札幌なんだ。」と不快そうに言ってくれた。
色々な先輩に，慰められた。Ｋ検事からは，「君を水俣病の担当にしておくんだった。」と言ってもらえた。水俣病は本省でも大きな訴訟でなので，チームに入れてもらえれば簡単には辞めさせられないという意味である。嬉しかった。
私は，この左遷は検察から睨まれたからであり，検察に戻るのは難しくなったと感じた。しかし，後悔はなかった。
７我が輩は下手である
札幌は，食べ物がおいしい。海の幸が満載だし，野菜も土地が肥沃なせいか美味しい。美人が多いので目の保養になる。しかも，排他的でなく，親切で温かみのある人が多い。
私と同時に異動してきたＨ部長とも相性が良い。本人が言うのは，あだ名はヒョウキンだそうである。頭脳明晰でゆとりがあるから自分を飾らない。そのＨ部長からゴルフをやらないかと誘われた。
私は，成人するまで身体が虚弱だったせいで，スポーツが大の苦手である。何せ跳び箱すら跳べたことが生涯一度もない。水泳も，泳ぎだしたらどんどん沈むだけであり，まともに前に進めない。体育の時間は，恐怖であり，恥ずかしかった。Ｈ部長が私を誘ったのは，Ｈ部長も運動オンチだからのようである。練習をしないでゴルフ場に行ったら，なかなかグリーンに乗らず，グリーンに乗ったらオーケーという感じだったそうな。私は，Ｈ部長と同等若しくはさらに運動オンチのようなので，下手が目立ちにくい。
私は，自己紹介も兼ね，いかにゴルフが下手か，どんな失敗をしたかを札幌法務局の局報に毎回書くことにした。漱石の作品をもじって「我が輩は下手である」という題名のエッセイである。これはすこぶる好評であった。上司であるＨ部長の下手ぶりも色々書いたので，部長には，「あんなことを書かせていいんですか」という報告が入ったらしい。しかし，鷹揚なＨ部長は一切気にしない。
私は，左遷はされたが，準備書面の作成などは，本省時代と同レベルの仕事をしようと思っていた。部付事務打合会というのが本省で年に一度ある。その時の意見は，本省にいたときと同程度のものを出そうと思い，調べ抜いて，激しい議論をした。古巣のＳ課長からは，「君の意見は本省と同じ意見だ」と褒められ，嬉しかった。
札幌は，三年いる予定だったが，二年目の暮れ，大阪地裁へという内示があった。検察庁出身の私が裁判所へ異動せよという内示である。
私は，評価してもらえたことへの嬉しさはあったが，同時に不安があった。任官してから既に一〇年以上経っている。判事補の経験をしないまま，いきなり判事への任官である。まともに仕事ができるのだろうか。また，大阪は人権意識が強く，判検交流には厳しいと聞いている。風当たりが相当強いのではないか。

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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129184439/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 18:54:00 +0900</pubDate>
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<title>法曹世界の珍道中　第1章　検察官の世界</title>
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１検察官への任官
試験で頭に血が上り，文字が書けなくなったことはあるだろうか。司法試験の最後の受験がそうだった。憲法の答案などは，右手が動かないので左手で右手の手首をつかみ文字を書いた。五頁以上は書くのが普通なのに二頁半くらいしか書けていない。もちろん落ちたと思った。
合格発表は見に行かずに大学の図書室で机に突っ伏して寝ていた。すると，一緒に受験したＴが私の肩を叩いた。「合格してましたよ」というので，Ｔのことかと思ったら，私のことだと言う。信じられなかったので自分で夜中に法務省まで見に行ったら，確かに私の番号があった。何かの間違いではないか。これは，今でも夢に見る疑問である。
合格はしたものの，成績は芳しくないと思った。裁判官任官は無理だろうと思ったが，ダメ元で「裁判官志望」と書いた。検事は被疑者を調べる自信がないし，弁護士も人付き合いが下手だから向いてないと思ったからである。
湯島の司法研修所では，民事裁判教官のＩ先生が「要件事実の鬼」と言われた切れ者だった。私は，授業では，この人に自分が考えた議論はどしどしぶつけていった。こういうチャンスは生涯二度と来ないかもしれないと思ったからだ。
研修所を出て実務修習に入ったころ，エリートの噂の高い検察教官Ｈ先生から分厚い手紙をもらった。検察官にならないかというお誘いの手紙だ。人違いではないかと思うような褒め言葉があれこれ書いてある。私は，誤解だろうと思ったが，裁判教官からは何も言われていないので，どうせ裁判官は駄目なんだろう。これだけ誘ってくれるなら，そっちに行ってみるかと思い，承諾の返事を送る。同期からは，「大沼君は優しいから検事には向かない。止めた方がいい。」と言われたのに，甘い言葉に乗りやすいのは悪い癖だ。
その数日後，Ｉ先生から私に電話があった。「大沼君，君と同期のＴ君をどう思う。裁判官に向いていると思うかね。向いてないと思うので君からそれとなく伝えてくれないか。」と言う。何故，私にこんな依頼をするのか，私にこんなことを頼むのは，私が裁判官任官は大丈夫だから（つまり裁判官に推薦してもらえるから）か，しかし，既に志望を検察官任官に変えてしまっている。頭がごちゃごちゃになり，血が上った。「いえ，あの私は，Ｈ先生から誘われ，検察官志望に変えてしまったのですが」としどろもどろで答えた。Ｉ先生は，むっとしたように「ああそう，それなら別の人に頼むわ」と言い，電話が切れた。
２被疑者との戦い
東京地検の世界は想像を超えた異世界だった。新人の検事には検察事務官が二人に一人しかつかない。私は，覚醒剤を譲り渡した疑いのある組長を呼び，「あんた，覚醒剤をＡに売っただろう。」と尋問した。この人達には，あなたでは甘くみられる，君と呼ぶと怒り出す。あんたがちょうどいい。しかし，この組長は，尋問の途中で怒り出し，「何を言ってやがるんだ，若造！」と大声で怒鳴り，バン！と机を叩き出す。
先輩の検事は，怒鳴り声が廊下に響き渡る人も多い。しかし，被疑者の怒鳴り声が響くというのは私の部屋くらいだろう。
まだ，私には，刑務所を行ったり来たりしているヤクザの組長を自白させられる力はなかった。この人達に理屈は通用しない。何を言われたかではなく，誰に言われたかが重要なのだ。この組長は，私のような，いかにも成り立てで，長髪の若い検事に調べられていること自体が不愉快なのだ。
私は，自白をとるのは諦めて，否認調書を作成し，間違いがないかどうか，読み上げた。すると，譲渡してないのはそのとおりだが，理由が違うと言う。聞いたとおりだとは思ったが，まあいいかと思い，万年筆で二重線を引き，言うとおりに書いて「これでいいか」と聞いた。すると，「駄目だ」と言う。最初にこう言ったのを後で訂正したように思われる。全部書き直せ言う。完全に舐められている。
思うに，検事の世界で大きな顔ができるのは，「割屋」である。自白のとれる検事である。自白をとれると難しい事件でも簡単な事件に変わる。舐められる検事は自白がとりにくい。簡単な事件が難しくなり，処理に手間がかかる。
憧れていた先輩がいた。「割屋」の天才，Ｙ検事である。厚ぼったい唇，鋭い眼光のこの人に，「どうしたら自白がとれるんですか」と聞いてみた。彼は机の上には分厚い記録が置いてこう言った。「まず大事なのは，この記録を被疑者の前では絶対に開かないことだ」と言う。被疑者が検事の前に座ったら，この記録には一切触らない。扇子でバタバタ煽(あお)ぎながら，「おい，分かってるな」という。細かいことを次々と確認し，「このとおりだな」と聞く。これで終わりだそうである。煽いでいる扇子に何が書いてあるかって？もちろん「人権尊重」と書いてある。
被疑者が自白するかどうかは，検事の方が自分より強いか弱いか，自白した方が得か損かで決まる。理屈が通じるケースは多くはない。調べとは，そういう連中との戦いなのだ。
３鬼の決裁官
検察は軍隊に似ている決裁組織である。検事は建前としては独任官だが，現実には上肢の決裁が通らないと何もできない。私の直属の上司はＫ副部長ある。禿げ上がった額，鋭い眼光，どちらかといえば無口である。会議では，眠狂四郎と言われるほど，眼を閉じている時間が多い。しかし，一端口を開くと，凄いことを言う，そんなタイプである。後に検事総長にまでなった切れ者だ。
新米検事の私には，近づきがたいオーラがある。いつも右肩を上げ，眼鏡に手をやりながら記録を見ている。とても二メートル以内には近づけない。私は，三メートル離れ，気付いてくれるのをひたすら待つ。一五分位したであろうか。眼鏡をずらし，ものすごい眼光でこちらを睨む。蛇に睨まれた蛙とはこういうことをいうのであろう。心臓が破裂しそうになる。「いつからそこに立っているんだ！」と怒鳴られる。言葉につまると「黙っていたらわからんじゃないか！」とまた怒鳴られる。おそるおそる近づいて「この前配点していただいた事件ですが」と言うと，「被疑者は誰ですか」「満期はいつですか」「罪名は何ですか」「自白していますか」「争点はなんですか」と矢継ぎ早に大声で聞かれる。いつもなら答えられる質問にも，頭が真っ白になり答えられない。
同じ決裁でも，先輩検事のときはそんなに厳しくはない。ニコニコしながら決裁しているときもある。しかし，新任検事は，被疑者と同じ扱いになる。
Ｋ副部長は，お酒が好きだ。夜になると銀座に繰り出し，つけで飲んでくる。給料日になるとママが副部長室にきて債権回収をする。私も，何回か行きつけの銀座に店に連れて行かれた。酔ってくると，特捜時代の武勇伝の話が出る。調べられていた高級官僚が，怒鳴られる度，一メートルずつ，席を後ろにずらし，最後には，窓際までずらしてしまった話などは十八番(おはこ)である。日頃，被疑者と同様の立場にいる私には，その高級官僚の気持ちが実によく分かる。
４女性との出会いと結婚
昼のストレス解消と夕食のため、夜は上野のスナックに通うようになった。美人のママと和解ホステスが２人のカラオケスナックである。毎日通っているうちに、ママに気に入られ、１０００円しか払っていないのに、ごはんとおかずが３，４品出てくるようになった。毎日通っていると、ホステスの１人が隣に座り、「私をもらってくれない？仙台に色々土地を持っているんですよね。」と言う。つきあってもいないのに真顔で結婚したいというのだ。しかし、どうみても財産目当てに聞こえたので丁重にお断りした。私としては、どうせならもう１人の美人のホステスとつきあってみたいと思ったのでママに相談してみた。するとママは「あの娘は性格が悪いからやめた方がいい」と強く言われたので諦めた。
休みに仙台に帰ると、父から「できれば郷里の嫁さんにして欲しい。嫁さんの実家が郷里なら盆・正月に帰ってこないことはないだろう」と言って、翌日の午前、午後と翌々日の午前の見合いを用意してくれていた。父の退職時期が近いので、退職祝いと私の結婚式を同時に開きたいつもりらしい。私は、２番目に会った女性が気に入った。気立てが良いし、何より賢い。神様が私に選んでくれた女性だと感じた。３日連続して会ってプロポーズをした。１週間後の答えは「宜しくお願いします。」であった。そのときに母は結婚式場の予約を済ませていた。１８回目の見合いであった。私の職場関係、父の職場関係など多数の参加者による盛大な結婚式を開いた。父が満足そうであったことが嬉しかった。
５ガス季
検察官の世界は，軍隊のようなピラミッド型の組織の社会だ。雰囲気としては出世競争の社会である。とにかく，人の人事の話が大好きだ。異動時期になると，今度あいつがどこに行った，あいつが部長になった，次席になったなどという話で酒の席は姦しい。異動情報を一覧表にしたものも内緒で出回る。中には，「八戸支部へ異動という内容に激怒，辞めると口走る」などというメモが書き込まれていて，生々しい。
私は，東京地検で新任検事を終えた後，釧路地検に異動となった。あのＫ副部長ですら若いときにそういう異動だったらしいから文句はいえない。異動後知ったのだが，釧路には，季節が三季しかない。秋季に冬季にガス季である。
ガス季とは，五月から九月にかけての海霧の季節である。霧は上から降ってくるという常識が釧路では通用しない。下から上に登ってくるのである。ガス季に海を見ていると，白い物が静かに押し寄せてくる。海霧である。まず足元が霧で覆われ，しずかに上まで登ってくる。霧で街が覆われると，自動車を運転していても前が見えなくなる。運転席から顔を出し，クラクションを鳴らしながら前進する。
官舎でも，ガス季には対策が必要である。押し入れに簀の子を敷，布団は絶対に壁に付けてはいけない，押し入れの扉を閉めてもいけない。内地からやってきた副検事の奥さんが，タンスいっぱいに入っていた着物を全部駄目にしたことがあった。タンスを壁に付けてしまったため，毛管現象でタンスの中に海霧の水分が侵入したためだ。
また、単身で大阪から来た次席検事は、秋、くみ取り式のトイレをくみ取っておかなかったために、トイレの汚物が凍り、一冬の間、トイレが使えなくなった。
宿直当番という制度があり、当番の職員は基本的に暇である。私が帰ろうとすると当番の職員に手招きされた。一緒に宿直室で飲まないかという誘いである。妻が妊娠し、仙台に帰っていたこともあり、お付き合いをすることになった。だいぶ飲んでトイレに立ったことまでは覚えている。「検事！検事！」という大きな声に気づき目を開けると、天井が見えた。トイレで倒れたらしい。ふらふらしながら帰宅したが、翌日登庁すると、会計課長からお叱りを受けた。「今回のことは不問に付しますが、気をつけてください。」とのことだった。何でも、トイレの手洗い場にあった分厚い鏡が割れ、散乱したらしい。私が倒れていたのは、その衝撃が原因のようだ。手を洗っているとき、意識がもうろうとし、頭が鏡を直撃し、粉砕したらしい。頭はどこもけがはない。思わずぞっとした。
選挙犯罪の応援のため北見に行った。北見は内陸部なので釧路より寒い。ストーブをつけないでお湯を枕元に置いておくと翌朝には氷になっていた。仕事が終わって釧路に帰る途上、道路は圧雪状態だった。つるつるに滑る。私は父から譲られた中古のカローラで走っていたが、法定速度をオーバーしていたにもかかわらず、私の後ろには車が行列をなした。この当たりではもっと速度を上げるのが常識らしい。しかし、それでなくても不安定な走りの車でそんな度胸は出ない。
すると、後ろからクラクションを聞こえた。運転席側のサイドミラーを見ると、大型トレーラーが対向車線にはみ出しており、私と同じ車線に戻ろうとしては戻れず、クラクションを鳴らすことを繰り返していた。対向車線を見ると大型トラックがやってくる。このままでは大事故が起きる。私は、ブレーキを踏んだら車がどうなるかわからない状態であったので、ギアを下げ、エンジンブレーキで速度を落とした。大型トレーラーはクラクションを盛大に鳴らしながら私の車の前に入ろうとした。しかし、あまりに大型なので入り切れそうにない。私は、ハンドルを切り左側の田んぼに転落するか、ブレーキを思い切り踏むか、どちらにせよ事故を覚悟した。すると、大型トレーラーは何を思ったのか、突然、ハンドルを右に切り、対向車線に戻った。トレーラーの助手席角が対向車線の大型トラックの運転席にぶつかり、のめり込むのが見えた。その後、トレーラーのコーブがブーンと振り子のように私の車の車線に入り、進路を遮った。私は、映画のシーンようだと思いながら、必死で力一杯ブレーキを踏んだ。私の車は２回転半回り、かろうじてぎりぎりで衝突を免れた。奇跡であった。私は、帰り道、急に恐怖心に襲われ、対向車側の田んぼに自動車を突っ込み、大型トラックに引き上げてもらった。
仏壇屋専門の詐欺師もいた。仏壇を買うと嘘をつき，寸借詐欺をする。騙すつもりがあったかどうかが問題だが，あったとはなかなか言わない。後で返すつもりだったとあれこれ弁解する。苦労して自白させて，起訴をしたが，執行猶予がついた。判決の後，神妙な顔つきで私の部屋にやってくる。どうしたのかと思うと，検事さんから色々言われて自分が馬鹿だったことに心底気付きました。田舎に帰って一から出直したい，ついては，田舎までの旅費がないので，少し貸してくれませんかと言う。
一瞬貸そうかとも思ったが，常習詐欺を起訴した検事が騙されて詐欺に遭うのは漫画の世界であろう。ここでも被疑者に舐められている。
また「マン抜け事件」という恐喝未遂事件があった。中古自動車のチラシに「１１３万円」のところを「１１３円」など、載せていた全ての自動車の販売価格に「万」が抜けていた。これに目を付けた男が、その中古自動車屋に行き、チラシに載っている車を全部売れ、チラシの値段で売れと迫った事件である。写真家、プロデューサー、北方領土返還運動の活動家など７枚のの名刺を持っていた。何とか起訴し、実刑判決をもらったが求刑のちょうど半分になった。半分以下になると控訴するにしても札幌高検に行って了承をもらってくる必要がある。高検に行くとき、次席検事から「了承がもらえないときは帰ってこなくていいから」と脅された。高検では、元特捜部の副部長と言われる凄腕の検事に容赦なく厳しい指摘を受けたが、何とか了承をしてもらい、安堵した。
検察の世界にようやく慣れたころ，検事正から「訟務検事にならないか，東京法務局の訟務検事になれば，その後東京地検に戻れることになる。」という話をされた。訟務検事とは何か，皆目見当がつかなかったので，Ｙ検事に聞いてみた。Ｙ検事の話では，「訟務は，酒池肉林の世界」らしい。民事事件の起案をすることになるそうだが，訟務官というベテランのスタッフがいて，起案を用意してくれるから目くら判を押していればいい，夜は行政庁が接待してくれるから酒を飲んでいればいい，訟務に行って仕事が出来なくなって帰ってくる検事が多いから気をつけろよ，とアドバイスしてくれた。

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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241129155023/</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2024 15:52:00 +0900</pubDate>
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<title>相続のワンストップサービス</title>
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当事務所では、遺産分割・相続登記・相続税申告・相続手続という全ての相続手続きをワンストップでご依頼いただけます。通常、相続が発生した場合、遺産分割は弁護士に、相続税申告は税理士、相続登記は司法書士にそれぞれ依頼をし、金融機関等での相続手続は相続人自身が行うことが一般的です。遺産分割・相続登記・相続税申告・相続手続は、それぞれが密接に関連しており、どれかで不備があると他の手続にも影響を及ぼします。
そのため、一つの事務所が全ての手続を行うことが依頼者にとって大きなメリットをもたらします。ワンストップで相続手続全てを行える事務所にご依頼ください。無料相談
問題の大小に関わらず、まずは専門家にご相談する事をおすすめしております。
当事務所では、まずは気軽にご相談頂けるように初回相談無料とさせて頂いております。
早期相談がご相談者様の精神的・金銭的負担の軽減や問題解決の近道の為、できる限りお早目にご相談下さい。当事務所では、登記業務にも対応しており、連携する税理士も有しており、相続における弁護士（代理人）業務だけではなく、相続登記から相続税相談まで、相続問題の全てが当事務所にて対応可能です。また、解決までに必要な費用も明確にご提案しておりますので、時間がかかっても追加料金が発生することはありません。相続の全体像は、大きく分けると「相続開始前」と「相続開始後」に分かれ、「相続開始後」には「遺産分割」「相続登記」「相続税申告」等が待っています。そして、これら一連の流れは、様々な士業が別々にサポートしていることが通常です。そのため、もし生前に遺言書作成を弁護士に依頼していた家庭であれば、遺言執行等をその弁護士に依頼し、相続登記は別の司法書士に依頼し、相続税申告は別の税理士に依頼するといったサポートを受けることになります。
このように、「弁護士」「司法書士」「税理士」のサポートを受け、別々に依頼することで情報が一元化されず、全ての事務所と打ち合わせを行わなくてはならないケースが一般的です。しかしながら、相続の連続した流れにおいて、上記のように別々の士業へ業務を依頼することは、依頼者にとって負担でしかなく、これら全てをワンストップでサポートできることが依頼者にとっての最善です。当事務所では、相続発生前の各種対策から相続発生後の遺産分割や相続手続き代行、相続登記から相続税申告まで、通常であれば弁護士・司法書士・税理士に分けて依頼する業務について、それらの全てを当事務所でワンストップ対応しております。
相続開始前
まずは紛争に発展しないよう遺言書を作成して、資産管理や資産整理を行わなくてはなりません。
次に、将来認知症になった場合に備えて、家族信託の組成を検討しなくてはならないでしょう（特に不動産をお持ちで、賃貸経営を行っている方は必須です。）。そして、現在の資産状況からすると、相続税がどの程度発生しそうなのか、相続税の節税対策が現時点からできるのかを検討して、決定しなくてはいけません。相続開始後
１相続人の確定（弁護士・司法書士）
人が亡くなると、その人が残した遺産は法定相続人に承継され分配されます。
これが相続ですが、財産を受け取る人を相続人、財産を残して亡くなった人を被相続人と呼び、遺された財産を相続財産または遺産と呼びます。
そこで、戸籍を収集して親族関係図を作成し、相続人の有無や相続人が誰なのか、全ての戸籍をさかのぼって確定させます。２遺産調査・評価（弁護士・税理士・司法書士）
全ての遺産を把握し、それらを評価して、遺産目録を作成します。
また、これらだけではなく、被相続人の状況や相続人の状況も把握し、進め方を検討します。主な調査内容
被相続人の身分関係に関する事項
②相続人の有無・範囲に関する事項
③相続財産の存否・範囲に関すること
④相続財産の評価に関すること
⑤遺言の存否・内容
⑥生前贈与、特別受益、寄与分の存否・内容
３遺産分割（弁護士・司法書士）
相続財産の全貌と受け継ぐ相続人が決まったら、遺産分割の作業を始めることができます。
各相続人が遺産を共有している状態から、個別の財産を各相続人へ帰属させる手続です。
最終的に遺産分割協議書を作成して、相続人全員が実印を押印することで終結します。４不動産の名義変更（司法書士）
遺産分割協議書が完成したら、不動産を所有している場合、不動産の名義変更を行わなくてはなりません。
不動産の名義変更は相続登記をすることになります。相続税申告
５相続税（税理士）
相続税は相続の開始があったことを知った日（通常は被相続人の死亡日）の翌日から１０か月以内に申告・納付しなければなりません。
もし相続税申告期限までに親族間での話し合いがまとまらない場合には、裁判所を使うケースも検討しておかなくてはなりませんので、まずはご連絡いただき、ゆっくりお話を伺わせていただきます。当事務所へ相談することのメリット
○手続きの整理
相続手続きは、遺産分割協議、金融機関の手続き、不動産の登記手続き等と多岐に渡ります。
当事務所に相談することで必要な手続きを整理して、どの様な順番で、どの様な手続きが必要となるかを整理することが可能です。相続人が専門家への相談無しに手続きを進めた結果、後日問題が発生することも多くあります。
問題が無いと思われる場合であっても一度は弁護士等へ内容を確認してもらうことをお勧めします。○業務範囲
弁護士以外にも税理士、司法書士など相続手続きに関与する専門家がいます。
専門家はそれぞれに専門とする分野が違いますが、当事務所は下記の表の通り相続手続きにおいて全ての業務に対応することが可能です。
しかし、当事務所は弁護士法人でありながら相続登記も取り扱うと共に、相続税申告に強い税理士事務所との連携もしておりますので、相続に関する全てのサポートを当事務所のみで行うことが可能となっております。
争族にならないよう最大限の配慮をしながら、資産管理や資産運用だけでなく、相続税にも配慮した相続手続きを全体としてコーディネートさせていただきます。○争族の回避
相続は関係性が良好であった親族間でも、紛争に発展することが多いことから「争族」と表現されることがあります。原因は金銭面の問題だけでなく、感情の対立によることも多いようです。
弁護士に代理人業務を依頼した場合、弁護士は相続人の代理人として依頼者の利益を追求する存在であると同時に「相続人同士の感情面に左右されない第三者」という立場でもあります。
協議の場に依頼者の代理人として弁護士が介入することにより次のようなメリットを期待できます。～主なメリット～①金銭面
豊富な経験から依頼者にとって利益となる要素を見逃さず、最大限の利益を実現するための法的な主張を行える。
②早期解決
法的な主張を基礎に協議を行うため、感情面をなるべく排除することで、早期の問題解決に繋がる。
③当事者の関係性
法的な主張と早期解決を実現することにより、感情面での対立が発生するリスクを最小限に抑えることで、当事者同士の関係性が悪化することを回避することに繋がる。以上のメリットはどの弁護士事務所でも実現できるものでは無く、相続に関する多くの経験値やノウハウが必要です。
相続において九州トップクラスの実績を有し、相続に関する全てをワンストップでサポートしている当事務所だからこそできる相続サポートで争族を回避します。○資料収集等の代理
相続手続きを進めるには様々な資料を収集する必要があり、ケースによって必要となる資料の種類、量は変わりますが、全てを収集するには膨大な時間と準備が必要となります。
しかし、弁護士であれば必要な書類収集の大部分を代理することが可能となり、相続人の相続手続きにかける時間を大幅に削減できます。
○事業承継
会社の経営者が後継者に事業を引き継ぐ事業承継。経営者の子供や娘婿等が後継者となる親族内承継、従業員等が引き継ぐ親族外承継、M＆Aによって第三者が承継する場合もあります。
様々な手続が必要となるため、専門家のサポートを受けながら数年間をかけて進めていきます。
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<link>https://ounuma.jp/blog/detail/20241126171947/</link>
<pubDate>Tue, 26 Nov 2024 17:35:00 +0900</pubDate>
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