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行政事件訴訟の原告適格の再構成 その1(問題の所在、最高裁理論)

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行政事件訴訟の原告適格の再構成 その1(問題の所在、最高裁理論)

行政事件訴訟の原告適格の再構成 その1(問題の所在、最高裁理論)

2024/12/11

第1 問題の所在
  1  開発等により,生活環境が破壊される危険がある事案について行政訴訟を起こそうとする場合,原告適格の有無が重要な問題となることが多い。
  2 そこで以下、行政事件訴訟法改正前における原告適格に関する最高裁判決の流れを整理し、そのもととなったドイツの保護規範説に簡単に触れた上、筆者なりに,法律上保護された利益説における法律上保護されたとはいかなる意味か、それが原告適格を肯定する正当化根拠となるのはなぜか、原告適格を認め得る要件(構成要素)等を論じたうえ、行訴法改正の趣旨及び同法改正後の最高裁判決を検討したうえ,それが,環境行政訴訟における原告適格に与える影響につき若干の検討を加えることとしたい。
第2 行政事件訴訟法改正前における原告適格に関する最高裁理論
  1  最高裁判決の流れ
    (1)  原告適格に関する最高裁判決理論の生成と発展
      ア 最高裁において、原告適格を認め得る法律上の利益とは何かについて、法律上保護された利益であることを最初に示したのはいわゆる「主婦連ジュース事件最判」(最判昭和53年3月14日・民集32巻2号211頁)である。同判決は、「法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることなる反射的利益とは区別されるべき」であるとした。
        その後、「長沼ナイキ事件最判」(最一小判昭57年9月9日・民集36巻9号1679頁)は、保安林指定解除処分につき洪水緩和、渇水予防上直接の影響を被る一定範囲の地域に居住する住民の原告適格を肯定したものであるが、公益についても、法が「専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべき(中略)趣旨を含むものと解されるとき」は原告適格を認めてよいとした。
        また、「伊達火力発電所事件最判」(最三小判昭和60年12月17日・裁判集民事146号323頁、判時1179号56頁)は、公有水面埋立免許等につき周辺の水面において漁業を営む権利を有する者の原告適格を否定したが、一般論としては、法律上保護された利益としての行政法規による行政権の行使の制約について、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものであるという注目すべき判断を示していた。
    (2)  新潟空港事件最判及びもんじゅ原発事件最判
      ア このような最高裁判決が重ねられる中、原告適格について重要な判断を示し、改正行訴法9条2項が新設されるヒントとなったのが、「新潟空港事件最判」と「もんじゅ原発事件最判」である。
      イ まず、「新潟空港事件最判」(最二小判平成元年2月17日・民集43巻2号56頁)は、その一般理論として、従来の最高裁理論を踏襲して、行訴法9条の「法律上の利益を有する者」とは、「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」をいうのであるが、ここにいう「法律上保護された利益」とは、「当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個人的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益にあたる」と述べている。だが、同判決の最大の特徴は、運輸大臣の定期航空運送事業免許取消訴訟に関し、法律上保護された利益に当たるかの判断は、「当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される体系」の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の「個別的利益」をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるものかどうかによって決すべきとし、航空法1条と関連法規である公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律3条の法令構造の体系分析により、空港周辺に居住する住民の原告適格を肯定した点にある。
      ウ  次に、「もんじゅ原発事件最判」(最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁)は、新潟空港最判と同様の一般理論を述べているが、その最大の特徴は、内閣総理大臣の原子炉設置許可処分無効確認等請求事件について、当該処分を定めた行政法規である核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉規制法)24条等が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むかは、当該法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている「利益の内容、性質」を考慮して判断すべきであり、事故が起こったとき「災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲」は、原子炉施設に近い住民程被害を受ける蓋然性が高いこと、同原子炉の種類、構造、規模等、原子炉の位置と距離、同原子炉が電気出力28万KWの高速増殖炉であること、毒性の強いプルトニウムの増殖が行われることから、原子炉付近約28ないし約58キロメートルの範囲内の住民には原告適格があるとした点にある。
  2 最高裁理論の整理
    (1)  これまで述べた最高裁理論を整理すると、その骨子は、概ね以下のとおりである。
      ア  行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により「自己の権利」若しくは「法律上保護された利益」を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。この法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的(個別的)利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいう(主婦連ジュース事件最判、伊達火力発電所事件最判等)。
          法律上の保護を目的とする行政法規による行政権の行使の制約は、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含む(伊達火力発電所事件最判)。当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるものかどうかによって決すべきである(新潟空港事件最判)。
      イ  保護の目的となる個別的利益は、私的利益であることが多いが、仮に公益であってもそのことだけで法律上保護された利益に当たらないとはいえず、場合分けが必要である。。
        まず、専ら公益に寄与する目的で定められた規定が、その付随的効果として個人的利益に対しても事実上有利な影響を及ぼしたにすぎないとき、かかる利益は法律上保護された利益には当たらず、反射的利益にすぎない(主婦連ジュース事件最判)。
        他方、当該法令が、当該利益を専ら一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべき趣旨を含むものと解されるときは、法律上保護された利益とみてよい(長沼ナイキ事件最判、新潟空港事件最判、もんじゅ原発事件最判等)。
      ウ  個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むかは、当該法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容、性質を考慮して判断すべきであり、利益侵害により直接的被害を受けるものと想定される範囲であるか否かについては、当該施設の種類、構造、規模等を考慮に入れた上で、当該原告適格の居住する地域と施設の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきものである(もんじゅ原発事件最判等)。
 

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