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行政事件訴訟の原告適格の再構成 その2(ドイツの保護規範説 法律上保護された利益の再検討)

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行政事件訴訟の原告適格の再構成 その2(ドイツの保護規範説 法律上保護された利益の再検討)

行政事件訴訟の原告適格の再構成 その2(ドイツの保護規範説 法律上保護された利益の再検討)

2024/12/13

第3 ドイツの保護規範説について
  1  最高裁理論に影響を与えているといわれているのがドイツの保護規範説である。そこで、同説についての実務家の研究である八木良一、福井章代「ドイツにおける行政裁判制度の研究」法曹会(以下「八木等・研究」という。なお、同研究は、下記につき、Glaeser、Verwaltungsprozerecht、14.Auflage、Rn.150ff. Bosch/Schmidt、 Praktische Einfhrung in dasverwaltungsgerichtliche Verfahren、 6.Auflage. S.118ff. Hufen、 VerwaltungsprozeBrecht.2.Auflage. 14.Rn.69ff を参照したものとされている。)130頁(平成12年)以下により、概観しておくこととする。同説の内容は次のとおりとされている。
    (1) 主観訴訟としての取消訴訟、義務付け訴訟
       取消訴訟及び義務付け訴訟は、法律に別段の定めがない限り、原告が行政行為又はその拒否若しくは放置により自己の権利を侵害されたと主張する場合にのみ許される(ドイツ行政裁判所法42条2項)。
    (2)  被侵害利益の内容
        原告適格を基礎づける被侵害権利は、主観的な公法上の権利に限られるものではないが、公法上保護された法的利益でなければならない。
        手続規定は、それのみで独立して原告適格を基礎づけることはできず、原則として手続的権利の侵害が同時に実体法上の権利侵害を伴う場合にのみ原告適格が認められる(ごく例外的に、立法者が手続的権利のみの侵害のみを理由に原告適格を認めている例として、自然保護団体の参加権等がある。)
    (3)  被侵害利益の帰属(保護規範説)
      ア 原告の主張する権利が法律上保護されたものであるかどうかは、当該事案において問題となる法規が、単に公益の保護を目的とするものにとどまらず、少なくとも、公益と併せて原告の個人的権利としての保護をも目的として定められたものであるかどうかに係っている。専ら公益に寄与する目的で定められた規定が、その付随的効果として個人的利益に対しても事実上有利な影響を及ぼすこと(法的反射)は、法律上保護された権利に当たらない。
      イ  解釈方法           
          解釈の方法は、法規の文言、立法者の意思、規範の目的及び体系的位置の順に従って審査されるべきである(ただし、制定後長い年月が経過している法規では、価値観念の変遷も考慮しなければならず、立法者の意思に重要な意味を見出すこことができないことも多い。)。
          最も重視されるのは、目的的及び体系的な考察方法であり、関連する法規の客観的目的や当該法規の規定構造の中において占める体系的位置づけから、該当する法規が原告の法的利益を保護すべきものであることが明らかになるかどうかが審査されなければならない。法規が「公の利益」等を判断基準として定めていても、それだけで保護規範性を否定すべきではない。個人の利益と公共の利益は、原則として、互いに相対立する関係に立つものではない。保護規範性が肯定されるためには、問題となる法規が、他の規定との法的な脈絡から、十分に個別化し得る当事者の範囲を限定していることが必要である。
    (4) 権利侵害の可能性      
      取消訴訟が適法であるためには、自己の権利が侵害されている旨の主張が必要である。原告が権利侵害についてどの程度の主張を要するかは、①有理性説と②可能性説とが対立する。①は、原告の主張が、取り消しを求める行政行為が違法であるならば、原告の権利を侵害するであろうという結論を導き出す事実を含むべきという説であり、②は、取り消しを求める行政行為によって自己の権利が侵害されていることがあり得るように思わせる事実を含めば足りるとの説である。②が判例・通説である。
  2  上記ドイツの保護規範説とわが国の最高裁判決とを対照すると、法制度に違いがあるにもかかわらず、その内容には、類似性、共通点が実に多くみられ(主婦連ジュース事件最判、新潟空港事件最判、もんじゅ原発事件最判等参照)、同説がわが国の最高裁判決にかなりの影響(その経緯は不明であるが)を与えている可能性を否定できないように思われる。
第4 法律上保護された利益説の再検討(正当化根拠とその要件、機能)
  1  はじめに
    (1)  行政訴訟においては、行政処分の名宛人等は、(侵害的)行政処分の本来的効果として直接(実体的意味での)受忍義務が生じるため、当然に原告適格を有するとされている。
        行政処分の名宛人等には、行政処分の本来的効果が直接及ぶのであり、処分の効果を排除するため、取消訴訟の原告適格を有することには異論がない。同訴訟においては、(他人に帰属する利益の侵害に関する違法を除き)同処分が違法であることを基礎づけるあらゆる主張・立証をすることが認められている。その意味で、上記訴訟は処分の効力そのものを排除する目的をもつため「処分の効力排除訴訟」と言い得る。
    (2) 問題は、処分の効力を受けない第3者が原告適格を有するかである。かかる第3者は、同処分の本来的効力を受ける者でもないので、何らかの利益侵害があれば、民事訴訟(例えば、人格権を根拠とする差止請求訴訟)によって救済を受けるのが本来の手続である。
       しかし、民事訴訟では、行政処分の有効性自体を争うことは原則としてできない(抗告訴訟の排他的管轄)から、利益が侵害された場合のすべてが救済されるわけではないため、同処分が取り消されないことにより、第3者は、手続上、自己に生じた権利・利益の侵害又は侵害のおそれ(これらを「権利利益の被侵害状態」と呼ぶ)をいわば手続上受忍せざるを得ないことになる(中込秀樹・改訂行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究111頁。以下「中込実務的研究」という。)。かかる第3者のうち、少なくとも一定の者を被侵害状態を排除し、救済する必要があるのは当然であり、かかる訴訟を「権利利益の被侵害状態排除訴訟」と言い得る。
       上記につき、いかなる範囲の者に同訴訟の原告適格を認めるべきかには争いがあり、法律上保護された利益説と法律上保護に値する利益説とが対立する。
     A 法律上保護された利益説
          行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者を言い、「法律上保護された利益」とは、当該根拠法令が私人等の権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益をいうとする説。判例理論として確立された説であり、多数説でもある。
      B 法的保護に値する利益説
          行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、法律によって保護された者に限定されず、保護ないし法的救済に値するような実質的な不利益を受け又は受けるおそれのある者をいうとする説(原田尚彦行政法要論全訂第6版388頁。以下「原田要論」という。)。有力説である。
     B説は、行政訴訟の目的を行政処分の適法性をめぐる紛争の解決を通じ国民の利益を救済することにあるという訴訟観に基づき、原告が受けた(受ける)実生活上の不利益ないしリスクに着目し、根拠法規によって保護されていない利益でも裁判上の保護に値するかどうかによって原告適格を判断する説とされている(前掲原田要論389、390頁)。
     これに対し、A説が法律上保護された利益を有する者にのみ原告適格を認めるのは何故であろうか。そもそも①権利利益が法律上保護されるとはどのような意味であろうか。そして、②法律上保護された利益であることは何故に「原告適格」を肯定することの正当化根拠となるのか、そして、正当化根拠となるとした場合、③原告適格を肯定する場合の要件(構成要素)とは何であろうか。
    (3) これらを検討するに当たり、原告適格を判断する上では、まず、原告がその点についての主張をし、これに対する応答する形で裁判所が判断を下す手続構造となっているので、以下、原告の主張の手続的意義について簡単に触れたうえ、上記①ないし③を順に検討する。
  2 被侵害権利・利益についての原告の主張
        原告適格は、当事者に取消訴訟制度を利用することを許容するための要件であり、公益的意義を有するから、裁判所はその存否については職権で調査すべき義務がある。しかし、その判断の基礎となる資料については、弁論主義の適用がある。よって、(その法的構成は別として)当該処分によりいかなる権利・利益が侵害されたかなどの原告適格を基礎づける事実については、原告の主張・立証があってはじめて裁判所はそれを前提に原告適格があるか否かを判断することになる(前掲中込実務的研究112頁)。
        侵害されたものは、権利のみならず利益であってよい。もっともこれらは、特段の定めがない限り、手続的権利・利益ではなく、実体的権利・利益である必要がある。
  3  法律上保護された利益説の意味、正当化根拠、要件と機能
    (1)  法律上保護された利益説の意味
      ア 法律上保護された利益説がいう、原告の利益が法律上保護されているというのは、どのような意味であろうか。
      イ これを端的に述べているのが主婦連ジュース事件最判、伊達火力発電所事件最判であり、法律上保護された利益とは、私人等権利主体の個人的(個別的)利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいうとしている。
         この点につき、塩野教授は、最高裁理論及び行訴法9条2項の考慮事項は、根拠法令等がその処分要件として第3者の個別的利益への考慮が当該処分の要件となっているかどうかに着目するという意味での「処分要件説」であるとされている(塩野宏行政法Ⅱ第4版124頁)。また、宇賀教授も、原告の主張する利益の考慮が処分要件になっているかを問題とするので「処分要件説」と呼ばれるとされている(宇賀克也行政法概論Ⅱ165頁)。
         藤田教授が、行政庁が第3者を被害を受ける危険のある状態におかない義務としての「リスク回避義務」と述べておられるのは(藤田宙靖「許可処分と第3者の「法律上保護された利益」」行政法の基礎理論上巻265頁)、上記「考慮」の中味をより具体的に述べられたものであろう。
      ウ ここで問題となる行政庁の義務は、処分の根拠法規などにより課されている法的義務であり、処分に際し、第3者の「権利利益」について侵害ないしそのおそれのあるか否かを考慮し、それについての事実認定、法規の解釈、法的評価などの判断を誤らないようにする義務である。これを「考慮義務」ないし「リスク回避義務」と呼ぶことはもとより可能であろうし、どう呼んでもその中身に大きな差が生じるとは思えないが、本稿では、「処分」に際しての義務であること、根拠法令、趣旨・目的、関連法規などに基づく「法的義務」であることに加え、詳しく調べて、価値・優劣・適否などを決めるという言葉の意味合いを重視し、第3者の権利利益についての「審査義務」と呼ぶ(以下特にことわりのない限り、この意味で単に「審査義務」と呼ぶことにする。)ことにしたい。処分時の法的義務に対するネイミングとしてはこの方が相応しいと考えるからである。
      エ 法律上保護されているか否かを判断するには、処分の根拠法規等が審査義務を課しているか否かが問題となり、逆にいえば、このような審査義務があるとすると同利益は法律上保護された利益となる。
         そして、行政庁が上記審査義務に違反すれば、根拠法令等が行政権の行使に課した制約に違反したことになり、同処分は「違法」となる。
          このことは、例えば、新潟空港事件最判が「運輸大臣(当時)が航空運送事業免許の審査に当たって、申請事業計画を騒音障害の有無および程度の点からも評価すべき(その判断を誤った場合は裁量の逸脱となり得る)」と述べていること、もんじゅ原発事件最判が「原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであることが認められる場合でない限り、原子炉設置許可処分をしてはならない」と述べていることからも十分理解できよう。
      オ 原告が求める権利利益の被侵害状態の排除は、行政庁の審査義務違反により処分が違法となり同処分が取り消されることなどによって実現されるのであり、これが権利利益が法律上保護されているという意味なのである。
    (2)  法律上保護された利益説の原告適格の正当化根拠
      ア それでは、かかる意味での法律上保護された利益であることが何故に原告適格を認め得ることを正当化する根拠になるのであろうか。
         その根拠は、当事者適格とは何かに求められるべきである。当事者適格とは、特定の請求について当事者として訴訟を追行し、本案判決を求める資格をいう(伊藤眞民事訴訟法第3版補訂版153頁以下、新民事訴訟法講義(補訂)(福永有利)130頁以下等。以下「講義」という。)。すなわち、当事者適格とは、当事者となった者のうち、その者に対し本案判決をするのが紛争の解決にとって必要かつ有効適切である者を選別するための基準である。当事者適格は、その者に本案判決をすることが無意味である者を排除する機能を有している
      イ もとより、原告が上記義務違反の主張・立証に成功するか否かは本案の問題であり、原告適格が問題となる局面でその成否を問うべきではない。
         原告適格が問題となる局面では、同訴訟の訴訟物である処分の違法性について本案訴訟を追行するに相応しい者、換言すれば、原告のうち、その者の主張する利益の侵害が「処分を違法ならしめる可能性」のある者であれば、本案訴訟の追行資格を肯定すべきである。逆に、その可能性がない者については、原告適格を否定し、訴訟から排除すべきである。
         そして、①根拠法令等が処分に際して(原告の主張する)個別的利益への審査義務を課していることが認められ、かつ、②原告がその義務違反を違法として主張しているのであれば、(実際にその義務違反の主張立証が成功するか否かはともかく)原告は本案において「処分を違法ならしめる可能性」を有する者とみることができる。
      ウ したがって、法律上保護された利益であること(換言すれば、当該処分に際して原告の主張する利益についての審査義務が認められること等)は、原告適格を認めることの正当性を根拠づけ得る、といえるのである(ただし、最終的に原告適格が認められるための「要件」は、これだけでは不十分であり、次項で論じる。)。
    (3) 法律上保護された利益説における原告適格の要件と機能
      ア はじめに
          法律上保護された利益説における原告適格の要件は、原告による違法主張の存在の他、法的保護要件(原告の主張する利益が法律上保護されており、かつ、個別的利益として原告に帰属すること)と利益侵害要件(利益侵害の可能性があること)とがある。これらは、その目的、機能を異にしているので、以下、前述したドイツの保護規範説を参考としつつ、わが国の最高裁判決の説示等を検討しながら分説する。
      イ 「法律上保護」されているか否か
        (ア)  この問題は、原告の主張する利益が法律上保護された利益か否か、換言すれば、根拠法令等がその処分要件として第3者の個別的利益への審査義務を課しているか否かという問題である。
        (イ)  かかる審査義務が認められるか否かは、基本的には処分の根拠法規の文言解釈によって判断されるべきである。しかし、同法規の文言からは直ちに審査義務が認められない場合でも、立法者の意思、同法規の趣旨・目的、さらには新潟空港事件最判が説くように、当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規よって形成される法体系の位置づけにおいて、処分に際し審査義務が課されているか否かを審査すべきである(なお、前掲八木等研究134頁以下参照)。
          当該処分の根拠規定が当該処分を通して個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられている場合には、行政権の行使に制約をもたらすものであり、審査義務の存在を認めてよいといえる。
        (ウ)  この構成要素は、原告のうち、その主張する権利・利益について、行政庁の処分に際し審査義務が課されておらず、その結果、本案訴訟の追行資格を認めても処分の違法を主張・立証に成功する可能性のない者を排除する機能を有する。
      ウ 個別的利益として原告へ帰属するか否か
        (ア)  原告適格を肯定するには、上記法律上保護された「個別的利益」が「原告に帰属」することが必要である。
        (イ)  現在の民事訴訟法においては、当該請求に対する勝訴の本案判決によって保護されるべき実体的利益の帰属主体であると主張する者が原告適格を有するとされている(注釈民訴(1)407頁、前掲講義131頁)。これは主として民事訴訟を念頭に形成された見解であるが、訴訟制度が自己の権利・利益について救済を求めるものであることは抗告訴訟においても異ならないから、同訴訟においても、自己に帰属しない利益の侵害があったと主張する者に本案判決の追行資格を認めるべきではない。
        (ウ) 原告の主張する利益が同人に帰属しない場合は、次の2つに分かれる。
           1)  ひとつは、同利益が専ら純粋な公益であり、個別的利益としての性質を有しない場合である。かかる公益は、不特定多数人に帰属するものであり、個々人に帰属するものではない。
             そこで、原告は、上記公益に関連する利益について法律上保護された私的利益又は公的利益として主張することが多い。問題は同利益が法律上の保護の及ばない反射的利益か、同保護の及ぶ個別的利益かである。
           2)  これを主婦連ジュース事件最判でみると、不当景品類及び不当表示防止法一条、三条、四条、六条等の関係規定は、「不公正な取引方法の一類型である、不当顧客誘引行為のうち不当な景品及び表示を、公正委員会が適切かつ迅速に規制することによって受ける一般消費者の公益を守る」という、専ら公益に寄与する目的で定められた規定であり、その付随的効果として個人的利益(例えば、商品を正しく特定させる権利、よりよい取引条件で果汁を購入する利益、果汁の内容について容易に理解することができる利益等)に対し事実上有利な影響を及ぼしたとしても、かかる利益は、「反射的利益」にすぎず、法律上保護された利益には当たらない、とされた。
             上記において、根拠法令等が公正取引委員会の処分に際し、一定の要件を定め、一般消費者の公益(不当な景品、表示の排除)について審査義務を課しているが、それは専ら公益についての義務であり、原告の主張する上記個人的利益についてまで審査義務を課しているわけではない。
            原告の主張する公益につき、行政庁の権限行使が規制され、同利益の審査義務が課されていても、それが専ら公益を保護する趣旨である場合は、(処分の名宛人等は別として)処分の効力の及ばない第3者としては、その公益そのものについて、「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する訴訟」である民衆訴訟を提起するより他ないのである(行訴法5条)。同訴訟は「法律に定める場合に法律で定める者に限り」許されるべきものである(同法42条)。よって、主観訴訟である抗告訴訟や実質的当事者訴訟の提起はできない。
           3)   これに対し、上記公益と関連して原告が主張する利益が、「法律上保護された個別的利益」である場合(例えば、本件で教育施設、医療施設の開設者について、善良な風俗・生活環境上の利益が法律上保護された利益であることを肯定する場合など)もあり得る。反射的利益との区別をどのようにしてすべきであろうか。
             この点につき、ドイツの保護規範説では、「保護規範性が肯定されるためには、問題となる法規が、他の規定との法的な脈絡から、十分に個別化し得る当事者の範囲を限定していることが必要である。当事者の範囲を限定し得るかどうかは、個別的法規の構成要件から、限定された人的範囲を抽出できるかどうかにかかっているものと考えられる」としている(前掲八木等研究135頁)。
             確かに、法規の構成要件(例えば、許可に際し、一定の距離制限規定が存在したり、特定の人的範囲の者の利益を保護する趣旨が読み取れること)等から限定された人的範囲を抽出・限定できる場合には、同利益が不特定多数に帰属するものではなく、特定の範囲の具体的な者に帰属するものと解する有力な手がかりが存しており、公的利益と切り離された(かつ法律上保護された)個別的利益に当たるとみることが可能な場合があろう。
              しかし、一般には、上記反射的利益か(法律上保護された)個別的利益かの判断は、微妙な判断であることが多い。公益から特定の利益を個別的利益として切り離すことができるか否かの判断自体が微妙であることがあろうし、仮に切り離された個別的利益であると判断し得たとしても、反射的利益と区別するためにはそれだけでは十分ではない。実際には、同利益の内容、性質(公的利益か、健康・身体的利益か、財産的利益か、又は精神的利益かなど)を十分に考慮したうえ、前記イの項目での判断に戻り、切り離された利益に法律上の保護が及んでいるかどうかを再検討せざるを得ない場合が少なくないのである。
           4)  今ひとつ、原告が主張する利益が原告に帰属しない場合がある。それは、個別的利益(例えば、特定の騒音被害を受けない利益)としての性質は有するが、それが原告に帰属せず、原告以外の他人に帰属する場合である。前述したように、自己の権利・利益についての救済を求めるものであることは訴訟制度の基本であって、他人の利益の救済を求める者は、訴訟での紛争解決にとって必要かつ適切な者とはいえないから原告適格を有しない。
        (エ) この構成要素は、個別的利益が原告に帰属するか否かの問題であり、自己に帰属しない権利・利益の侵害を主張して提訴する者を排除する機能を有する。
          同要素は、「法律上保護」されているか否かの要素とは概念及び機能を異にする。だが、実際には、反射的利益か否かの判断でみたように、原告の主張する被侵害利益が法律上保護されていない反射的利益なのか、それとも公益から切り離された個別的利益とはいえないものなのかの区別は微妙であり、両要素を相互に独立した要件としてとらえるのは無理がある。両要素は、「法律上保護された個別的利益の原告への帰属」という1つの要件の構成要素とみるのが妥当であろう。
      エ  利益侵害の可能性(利益侵害要件、人的範囲の画定)
         原告の主張する利益が、「法律上保護」された「個別的利益」として原告に「帰属」したとしても、それのみで原告適格の人的範囲を画定することはできるとは限らない。
         すなわち、原告の主張する被侵害利益が「法律上保護」されており、かつ、「個別的利益として原告に帰属」するとしても、「利益侵害の可能性」が客観的にない者にまで本案訴訟の追行資格を認めるべきではない。
         そこで、もんじゅ原発事件最判が説くように、原告が主張する利益の内容、性質、それが侵害された場合の態様、程度を考慮し、原告適格を認め得る人的範囲を具体的に画定する必要がある。例えば、原子力発電所の被害のように施設の相当遠方にまで利益侵害が生じる可能性が存する場合には、相当広範囲の者に原告適格を認めてよいが(同最判は、原子炉から約29ないし約58キロの範囲内に居住する原告適格らについて原告適格を認めている。)、騒音、振動被害のように施設の近距離にしか利益侵害の可能性がない場合には、それに相応しい人的範囲に限定する必要がある。この判断は、「法律上保護」されているか否かとは異なり、規範的評価を含まない事実認定に他ならず、本案前のものであるから、審理内容が重すぎるものとならないよう、社会通念、経験則が重視されるべきである。この要件は、主張する利益侵害の可能性のない者を排除する機能を有する。
    (4)  ここまでのまとめ
      ア  以上のように考察した法律上保護された利益説についての結論部分をまとめると、以下のとおりとなる。
           ① 法律上保護された利益とは、第3者である私人等権利主体の個別的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約(審査義務)を課していることにより保障されている利益をいう。
            ② 同処分についての抗告訴訟の原告適格は、同訴訟の訴訟物である処分の違法性について本案訴訟を追行するに相応しい者に認められるべきである。根拠法規等により原告の主張する利益についての審査義務が行政庁に課されていること、及び原告がその違反を違法と主張している者であることが認められれば、原告は本案において「処分を違法ならしめる可能性」を有する者といえるから、原告適格を認め得る。
            ③ 法律上保護された利益説における原告適格の要件は、原告による違法主張のほか、法的保護要件としての「原告の主張する利益が法律上保護された個別的利益として原告に帰属すること」と利益侵害要件としての「原告の主張する利益につき、利益侵害の可能性が認められること」である。
            ④ ③のうち、法的保護要件の一部である「法律上保護」されているか否かは、原告のうち、その主張する権利・利益の侵害ないしそのおそれが、処分に際しての審査義務を構成せず、その結果、本案訴訟の追行資格を認めても処分の違法を主張・立証に成功し得る可能性のない者を排除する機能を有する。
               審査義務が、処分の根拠法規の文言からは直ちに審査義務が認められない場合でも、立法者の意思、同法規の趣旨・目的、当該行政法規と目的を共通にする関連法規よって形成される法体系の位置づけにおいて、処分に際し審査義務が課されているか否かを審査すべきである
            ⑤ ③のうち、法的保護要件の一部である「個別的利益」として原告へ「帰属」するか否かは、自己の帰属しない権利・利益の侵害を主張して提訴する者を排除する機能を有する。
               個別的利益として原告に帰属しない場合は2つに分かれる。ひとつは、同利益が専ら純粋な公益であり、個別的利益としての性質を有しない場合であり、今ひとつは、個別的利益としての性質を有するが、それが原告に帰属せず、原告以外の他人に帰属する場合である。
            ⑥ ③のうち、利益侵害要件である原告に「利益侵害の可能性」があることは、利益の内容、性質、それが侵害された場合の態様、程度を考慮して判定されるべきものであり、原告適格を有する人的範囲を具体的に画定する機能を有する。
 

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