大沼洋一法律事務所

法曹世界の珍道中 第5章 家裁判事の世界

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法曹世界の珍道中 第5章 家裁判事の世界

法曹世界の珍道中 第5章 家裁判事の世界

2024/11/29

トリビアの会
     弁護士の同期のS弁護士から,足を洗え,仙台からいったん出ろとアドバイスを受けていたので,異動先として東京を希望した。周囲からは「八〇パーセント東京高裁だろう」と言われた。
     ところが異動先は東京家裁であった。私はショックを受けた。
      東京高裁は日本の裁判所で最もハードな職場だ。あの忙しいと言って口をきいてさえくれなかった仙台高裁の右陪席の人でさえ、東京高裁で働いていた時について、「カラスが鳴かない日があっても、部長から叱られない日はなかった。」と言っていたほどだ。仙台高裁での2年の経験だけで東京高裁に行ったらつぶれてしまうかもしれないとも思った。しかし、仙台高裁であの厳しい部長のもとで鍛えられ、百数十件あった件数を40数件にまで減らした経験はあるのだから、ひょっとしたら耐えきれるかもしれない。つぶれるか、持ちこたえるかわからないが、一度の人生だ。自分の全てをかけてチャレンジしてみる価値はあると思っていた。
     ところが東京家裁だ。いったいどうしたんだろうと疑心暗鬼になった。私には仙台法務局時代、一つやらかしたことがあった。職員間で不貞問題があり、結婚している側の配偶者が不貞相手に対し巨額の損害賠償を請求してきたのだ。しかも、応じなければ記者会見を開いてマスコミに公表するなどと言う。私は、同期の弁護士に頭を下げ、何とか和解にこぎ着けた。だが、その額は1000万円だ。結婚していた方は元のさやにおさまり、独身の方だけが1000万円支払わされた。顔色は青ざめ、足下はふらしている。すさまじいダメージを受けたことは見た目からも明らかだった。
     この件について、仙台地裁の所長がやってきて、事実関係を聴取しに来た。本省の訟務局からも、そのようなことがあれば報告しろと言ってきた。部長として、本来であれば聴取に対し正直に答え、本省にも報告するのが筋である。そのことは承知していた。しかし、そうすれば間違いなく不貞をした双方に処分がある。辞職に追い込まれたり、自分から辞職してしまうかもしれない。いやそれよりも今の精神状態からして自殺してもおかしくはない。私は、家族会議を開き、家内に相談した。責任をとって辞めなければならないかもしれないが、私は報告をしないことにしたいと言った。すると家内も賛成してくれた。素晴らしい家内だと改めて思った。ただ、このことは不祥事の隠蔽にあたり、管理職としては失格である。このことが人事にも響いたのではないかと思った。
     あるいは仙台高裁でうまくいかなかった1年目の評価のせいかもしれない。
     いずれにせよ、本来のコースから外されたように思い、愕然として気持ちになった。
     東京家裁に単身赴任すると、家裁では,調停が主な仕事である。調停室を廻るのは肉体的にも精神的にもクタクタになる。頭脳労働というより、肉体労働のような仕事に、私は,なじめなかった。しかも、初めての単身赴任で体調を崩してしまった。年齢的にも、男の更年期の症状があった。疲労感、倦怠感、集中力のなさ、不眠などがでた。そのうえ、家内があれこれ言わない単身の身なので、ダイエットの挑戦し、10キロ痩せ、夜、腹部がけいれんしたり、ふらふらしてめまいがしそうになった。同僚の裁判官から、「痩せたというより、やつれましたね。」と言われた。顔色も悪く、生気がなかったようだ。簡単にいえばガス欠の状態である。
     家裁の主のような論客の部長,シャープで正確な裁判官に,修習生に人気の美人の女性判事、これまた論客の家事調停官,落ち着いたバランス感覚のある発言をする家事調停官と様々な人が発言するので,裁判官室はいつも賑やかだ。
     子供の引渡や面接交渉の審判はそれなりに面白かったが、どこかガス欠で仕事への生きがいが感じられなかった。
     調停委員に人達と「トリビアの会」を作り,1年間、一般の研修ではとりあげないテーマを勉強することにした。離婚・相続と税金,人工生殖と親子関係,離婚後の共同親権の是非などについて,私が基調講演をし,税理士その他の専門家に問題点を補足していただき,テレビの法律相談のようなクイズ形式で意見を聞くという企画である。ディベート形式にしたこともあった。これが面白いと言われ,人気を博した。弁護士会の会場「クレオ」を使ったが,一〇〇名以上の調停委員の方々が参加してくださった。最後の会では先生方が作った手作りのメダルをいただき,感激した。
     その後、仙台家裁に戻り、1年だけ上席判事として仕事をしていたが、突然、S大学法科大学院から教授へのお誘いがあった。検察官,訟務検事,裁判官と職種を転々とした私としては,大学教授,弁護士と経験したら,全ての法曹を経験したことになる。
     心配だったのはあまり聞いたことのない法科大学院なので倒産してしまうのではないかということだった。誘ってくれたI教授は,「この法科大学院はSグループなんだよ。S予備校は知っているだろう。グループの財政的基盤が豊かだからつぶれることはない。つぶれるとしたら法科大学院の中では最後だよ」と言う。定年は70歳だそうであり,裁判官より長い。家内に相談すると、「転勤がないならそれもいいわね」と賛成してくれた。私は、思い切って,裁判官を辞めて法科大学院の教授になることにした。

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